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大河ドラマのキャストも登場! 百万石まつりで味わう戦国ロマン (2026.06.17)

経理部の松田です。

 

今年で75回目を迎えた金沢市最大のお祭り、「百万石まつり」。

このお祭りは、加賀藩祖・前田利家公が金沢城に入城し、金沢の礎を築いた偉業を称えて開催される、

とっても歴史深いイベントです。

 

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私も久しぶりに沿道からの観覧に挑戦!

小学校低学年以来だったので、なんだかドキドキしながら会場へ向かいました。

 

市内は交通規制がかかるため、最寄り駅から臨時列車に乗ってスムーズに金沢駅へ。

これもお祭り気分を盛り上げる一つの楽しみでした。

 

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オープニングセレモニーは圧巻!

その瞬間を間近で見たかったのですが、やっぱり実際に目の前で見ると、迫力が全然違いますね。

鼓門を背景に響き渡る和太鼓の演奏は、まさに圧巻! 力強いリズムに思わず引き込まれました。

 

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いよいよメインの「百万石行列」がスタート!

 

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多彩な行列が次々登場!

 

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加賀獅子の行列

獅子舞の勇ましい姿に目が釘付け!

 

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ハッピ姿の加賀鳶行列

迫力のある演技に見ているこちらも思わず引き込まれてしまいました。

 

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勇壮な武者行列

戦国時代さながらの勇ましい姿に胸が高鳴りました。

 

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沿道にはたくさんの観客が集まり、みんな笑顔で手を振ったり、写真を撮ったり。

 

 

安田大サーカスのクロちゃんと高橋みなみさんがゲスト出演されました。

お二人は沿道から出演者の演技を見守ったり、インタビューを行ったりしながら、会場の盛り上がりに一層華を添えていました

 

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続いて、珠姫お輿入れ行列がやってきました!

 

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次に、大人奴行列が登場!

大きな声と威勢のいい姿に、会場は一気に盛り上がります。

 

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尾山神社御鳳輩(ごほうれん)の行列

利家公の御分霊を乗せた神輿が神職に守られながら進みます。

 

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今年の前田利家公役には大東駿介さん、お松の方役には菅井友香さんが扮していらっしゃいました。

今年の見どころは、やはり大河ドラマ『豊臣兄弟!』の配役がそのまま実際の行列に登場したことですね!

まるでドラマの世界が現実に飛び出したかのようで、私も胸が高鳴りました。

 

まずはお松の方の登場シーン。

 

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鮮やかな赤色の着物に身を包み、笑顔がとっても素敵でした!

実は、今日お召しになっている着物は、今後放送される大河ドラマで着用される予定なんだそうです。

 

 

いよいよ本日のメインイベント「利家公入城行列」のスタートです!

大東利家公が登場!

 

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力強い声で「皆の者、いざ、出立じゃ!」と気勢を上げて、会場を盛り上げてくれました。

まるで戦国時代の武将のような迫力でした。

 

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ただ、少し離れた場所からの観覧だったため、利家公の姿は遠くて小さくしか見えませんでした。

 

 

利家公は大河ドラマでおなじみの甲冑姿で登場し、その姿はまさにドラマのシーンそのまま。

歴史の重みと華やかさが一気に会場に広がり、観客も一気にテンションアップ!

 

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沿道からは「殿ー!」「利家様ー!」「かっこいいー!」といった声援が飛び交い、

皆さんの熱い応援に利家公も笑顔で応えていました。

まるで時代を超えた交流の瞬間ですね。

 

ただ、利家公が目の前を通過したのは一瞬だったので、私も慌てて写真を撮ったのですが、ちょっとピンボケ気味…(笑)。

急いで駅前から南町まで追いかけて、なんとか素敵な1枚をゲットできました!

 

やったね!

 

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写真をいくつか載せておきます。

 

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沿道はかなりの人出で、やっぱり大河ドラマの影響もあったのかもしれません。

ドラマの中で描かれる秀吉と利家の絡みのシーンはいつも興味深く、つい見入ってしまいます。

 

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観客の笑顔と拍手が絶えず、会場全体が一体となってお祭りの熱気に包まれました。

 

 

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最後に能登のキリコが金沢の街を練り歩きました。

能登半島地震からの復興と復旧への願いを込めて、志賀町富来から参加されました。

 

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快晴の下、日差しが照り付ける中、約2時間半にわたり立ちっぱなしでの観賞でしたが、

とても充実した時間を過ごすことができました。

出演者の皆さんの堂々たる姿や熱演に心を打たれ、素晴らしいひとときを楽しむことができました。

 

 

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最後に、「利家公、格好良かったです!」と心からの感動を伝えたいです。

歴史の息吹を感じながら、素敵な一日を過ごせました。

 

 

物見石山のレンゲツツジと絶景散策 (2026.06.05)

経理部の松田です。

 

昨年の6月下旬、美ヶ原高原へ行ってきました。

目的はもちろん、見頃を迎えるレンゲツツジの美しい景色を堪能すること!

例年だと6月中旬から7月上旬にかけて見ごろを迎えるレンゲツツジ。

期待に胸を膨らませて出発しました。

 

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しかし、当日、諏訪市から旧和田峠を通って美ヶ原へと向かおうとしたところ、旧和田峠への道が通行止めになっていました。

残念ながら予定していたルートは使えず、仕方なくUターンして別の道を探すことに。

 

そこで選んだのが、県道40号線を通るルート。

初めて走る道でしたが、これがまたスリリング! ひたすら急坂の連続でした。

標高が上がるにつれて、爽やかな新緑が広がる高原の風景が目に飛び込んできました。

坂道を登りきると、霧ヶ峰スキー場に到着。そこからは、定番のビーナスラインを通って美ヶ原へと向かいました。

 

 

まずは、今だ未踏の物見石山へ。物見石山周辺はレンゲツツジの群生地として有名です。

 

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車は物見石山登山口の道路脇に駐車しました。

目の前に見えるのは美ヶ原高原美術館。

 

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レンゲツツジはちょうど見頃を迎えていて、鮮やかな朱色の花々が一面に咲き誇る様子は、まさに圧巻。

自然の美しさに思わず見とれてしまいました。

 

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霧が立ち込める風景も幻想的。

 

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奥へ進み、物見石山山頂へ。

 

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山頂には積み重ねられたケルンがあり、その先には美ヶ原の広大な高原台地が広がっていました。

 

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物見石山登山口からは、ほぼ平坦な道を10分ほどで到達できるため、散策の際にはぜひ立ち寄ってみてください。

 

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鮮やかな朱色に染まった満開のレンゲツツジが広がる光景に、シャッターを押す手が止まりませんでした。

 

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ツツジが咲く美しい景色を楽しみにしていたので、実際にその光景を目にできて、とても嬉しいです!

 

 

豊臣秀次ゆかりの八幡山と近江八幡の史跡巡り (2026.05.30)

経理部の松田です。

 

3月に訪れたのは「近江八幡市の八幡山」!

歴史好きの方も、自然の景色に癒されたい方も、きっと楽しめるスポットですよ。

 

まず、八幡山は標高約272メートルの山で、豊臣秀吉の姉・ともさんの息子、豊臣秀次が築いたお城の跡地です。

山頂には秀次の菩提寺である瑞龍寺が建っていて、歴史の重みを感じさせてくれます。

 

今回はちょっと楽をしてロープウェーで登ったのですが、これがまた絶景を楽しみながらあっという間の登山でした。

 

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秀次について少しだけお話しすると、彼は豊臣秀吉の養子として後継者に期待されていたものの、

秀吉の子・秀頼が誕生したことで立場が変わってしまいます。

そして、謀反の疑いをかけられ、わずか28歳で自害させられるという悲劇の運命をたどったのです。

 

秀次の一族も皆処刑され、その菩提を弔うために姉のともさんは出家し、京都に瑞龍寺を創建しました。

昭和36年にその瑞龍寺が八幡山に移築され、今も静かに歴史を語り継いでいます。

 

大河ドラマ「豊臣兄弟」で、まだ幼い万丸(のちの秀次)が宮部継潤の養子となる場面は本当に心が打たれました。

そして宮部継潤の優しさがひしひしと伝わってきて、思わず涙がこぼれました。

宮部継潤役の演技が非常に面白くて、思わず引き込まれてしまいます。

 

 

八幡山最頂の本丸跡には、村雲御所瑞龍寺門跡が建っています。

 

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もとは京都の村雲の地にあったので村雲御所と呼ばれています。

代々、宮家や公家の息女が住職を務めている寺院です。

 

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本堂内に足を踏み入れると、写真撮影が許可されていました。

 

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「拝謁の間」には、かわいらしいひな人形が飾られていました。

 

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次に渡り廊下へ進むと、目を奪われるのが木村英輝さん作の青い蓮の壁画。

現代アートの要素が巧みに取り入れられ、空間に新しい風を吹き込んでいます。

 

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庭園には能舞台がありました。

 

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さらに、宮御殿の「雲の間」へと進むと、こちらの襖絵は狩野派の名作とのこと。

襖絵の繊細な筆致に見入ってしまいます。

 

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突き当りの廊下からは、比叡山の雄大な景色を望むことができ、ガラス戸を開けてみてくださいとの案内も。

 

境内には地域猫もいるそうですが、訪問時には見かけることはありませんでした。

猫たちはどこかへ散歩に出かけていたのかもしれませんね。

 

 

山頂からの眺めは圧巻!

北の丸跡には八幡山の三角点があり、その場所からは安土山と観音寺山の雄大な姿を一望できました。

歴史好きにはたまらないスポットですね。

 

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安土山には織田信長が築いた安土城跡があります。

一方、観音寺山は佐々木六角氏の居城だった観音寺城の跡地。こちらもまた、戦国時代の激動を物語る重要な史跡です。

 

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こうして見てみると、安土山の規模は思ったよりも小さく感じられますが、その歴史的価値は計り知れません。

 

絶好の写真スポットは他にもたくさんありました。

西の丸跡からは、琵琶湖や比叡山、西の湖まで見渡せて、心が解放されて気持ち良かったです。

 

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出丸跡からは、眼下には碁盤の目のように区画された近江八幡の町並みが広がり、歴史の趣を感じられるのも魅力的でした。

 

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ロープウェーを降りた後、八幡山の麓にある八幡公園にも立ち寄ってみました。

 

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公園には「関白秀次公の銅像」が立っています。

 

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公園の奥にはお城の石垣が残されており、その上に広がる竹林とともに、壮観な景色が広がっていました。

 

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もしお越しになる機会がありましたら、ぜひこちらにも足を運んでみてください。

歴史と自然が調和した素晴らしい風景をお楽しみいただけると思います。

 

 

ふもとには日牟禮八幡宮や八幡堀など、見どころ満載の観光スポットもたくさん!

 

日牟禮八幡宮

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八幡さまが祀られていたことが八幡の地名となり、昭和29年の市制移行後、「近江八幡」という地名の起源となったそうです。

 

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能舞台

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拝殿は鎌倉時代の1188年に、源頼朝が近江の守護であった佐々木六角氏に命じて建立されたものであり、

本殿はそれよりも古い991年に創建されました。

 

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商売繁盛や厄除けのご利益があるとされ、多くの参拝客で賑わっていました。

 

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こちらは、かわらミュージアム。瓦をテーマにした博物館です。

今回は、内部には入りませんでした。

 

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近江八幡は「水郷のまち」として知られ、観光客に人気のスポット。

特に写真映えする場所として有名なのが八幡堀です。

 

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八幡堀は、もともと城を守るために作られたもので、琵琶湖や西の湖とつながっており、水運として利用されていました。

そのおかげで、近江商人たちの商売や経済の発展に大きく役立ちました。

 

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風情ある雰囲気を楽しむことができました。

初夏の季節に再び訪れてみたいと思います。

 

 

最後に白雲館という歴史ある建物に立ち寄ると、

そこには、なんと!豊臣兄弟の出演者の全身パネルが展示されていました。

 

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思わず写真をパシャリ! その瞬間のワクワク感は今でも鮮明に覚えています。

私にとって最高の思い出になりました。

 

 

飛び出し坊やの愛らしさに思わず笑顔に。

 

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かわいらしい姿に癒されながら、近江牛のプレミアムコロッケを堪能!

とろけるような肉の旨味に感動しました。

 

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そして、街中を走るラッピングバスを見て、今年は安土城が築城450年の節目だと知り、歴史の深さに思いを馳せました。

これはぜひ、安土城に行かなきゃ!

 

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近江八幡市の新しいスポットとして話題の「ラコリーナ近江八幡」。

まるでジブリの世界に迷い込んだかのような幻想的な雰囲気です。

 

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こちらは、たねやグループが手がけるフラッグシップ店で、バームクーヘンや和菓子のショップ、

さらにはフードコートも併設されていました。

 

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話題のスポットとあって、多くの人が訪れていましたが、レジ待ちの長い列に驚き、早々に退散…

 

 

もう一つ寄り道をして、津田城跡へ行きましょう。

八幡山ロープウェーから近い場所にあります。

 

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そこには津田親眞(つだちかざね)の顕彰碑が立っていました。

 

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津田親眞は、桓武天皇の14代後の子孫であり、織田氏の始まりとされる人物です。

彼は福井県の劔神社の神職の養子となり、「織田」と名乗るようになりました。

ちなみに、織田信長は親眞の14代後の孫にあたります。

 

清和天皇の皇子である貞頼親王の顕彰碑もありました。

貞頼親王は、近江国蒲生郡の津田荘を延暦寺に寄進したことでも知られています。

 

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道路から八幡山の石垣を眺めながら帰路につきました。

 

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近江八幡は歴史ロマンにあふれる街で、その魅力を存分に感じることができました。

特に、大河ドラマ「豊臣兄弟!」の時代背景を思い浮かべながら歴史スポットを巡ることで、

当時の情景や人々の暮らしに思いを馳せることができました。

 

 

桜と廃線の風情を感じて (2026.05.20)

経理部の松田です。

 

桜の季節に能登の「波並」へ足を運びました。

「波並」と書いて「はなみ」と呼びます。2005年に廃線となった旧能登線のと鉄道の駅跡です。

桜の季節にぜひ訪れてみたいと思っていました。

桜の花と海の絶景が織りなす風景は、まさに日本の春の美しさを象徴しているようでした。

 

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私が波並を訪れたきっかけは、富山県のフォトグラファー・イナガキヤストさんの写真でした。

彼の写真を見て、能登に波並(はなみ)という場所があることを知りました。

 

イナガキヤストさんはもともと趣味で家族の写真を撮り始めたのですが、その写真の美しさに惹かれ、

次第に本格的に写真活動を始めたそうです。

特に、富山県の美しい風景を「#富山の本気」というハッシュタグとともにSNSに投稿し、

その写真の数々が全国的に話題となりました。

 

彼の写真は、ただ美しいだけでなく、彼の感性や富山県の自然の魅力が存分に伝わってきます。

彼の作品を見ていると、「どうやったらこんな写真が撮れるのだろう」といつも感心させられます。

 

 

能登半島地震以来、久しぶりにのと里山海道を通って、穴水へ向かいました。

そこから国道249号線を北に進むと、やはり自然の力の恐ろしさをひしひしと感じました。

 

地震の影響で、のと里山海道の一部の道路が崩壊してしまいましたが、

懸命な復旧作業のおかげで、全線が無事に開通しました。

とはいえ、走ってみると、道路のあちこちに歪みやぐねぐねとした箇所も残っていて、

改めて地震の規模の大きさを実感しました。

 

 

道中、国道249号線沿いにある七見駅跡に立ち寄ってみました。

能登線は、かつて穴水町の穴水駅と珠洲市の蛸島駅を結んでいたのと鉄道の路線です。

1960年4月に能登線は開業しましたが、2005年4月に廃線となりました。

 

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かつての駅の待合室が、今はバス停の待合室として使われていました。

昔ながらの風情を感じながら、ちょっと懐かしい気持ちになりました。

 

また、そこには横綱・阿武松の生誕の地を示す看板もありました。

阿武松緑之助(おうのまつみどりのすけ)は1828年に北陸で初めて第6代の横綱になった力士です。

なんだか誇らしい気持ちになりますね。

 

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能登半島の内浦の海を眺めながらのドライブは、本当に気持ちが良かったです。

 

ゆったりと海の景色を楽しみながら進むと、

やがて遠くからでもすぐにわかる見事な桜並木が目に飛び込んできました。

その桜並木の先に矢波駅跡がありました。

 

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国道から住宅街の中に入り、ちょっと細い道を進むと、昔のホームへとつながっています。

 

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海沿いにある駅というだけで、なんだか絵になる風景ですね。

静かでノスタルジックな雰囲気に、しばらく見入ってしまいました。

 

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海の向こう岸には綺麗な立山連峰の風景が一望。

 

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海と桜、そして歴史を感じるこの場所、ぜひまた訪れたいと思いました。

 

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海沿いをさらに北へ進んで行くと、三波簡易郵便局というレトロな郵便局があります。

今も現役の郵便局として使われているんですよ。

 

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ペパーミント色の外観がかわいらしいです。

実は、この郵便局は日本郵政のCMやポスターにも登場したことがあり、全国的に知られているんです。

 

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何と言っても印象的なのは、海を背景に立つ丸ポスト。

青い海と空に映える赤い丸ポストは、まさにフォトジェニックなスポットです。

 

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三波簡易郵便局から数百メートルほど進むと、目的地の波並駅に到着しました。

 

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最初に駅に着いたときは誰もいませんでしたが、しばらくすると次々と地元の方々や訪問者が花見に来られました。

中にはカメラ機材を携えた新聞社やテレビ局の方も…

この場所、桜の名所としても知られているんですね。

 

私が訪れたのは4月12日で散り際でしたが、満開の桜の木々が静かに風に揺れる様子は、まさに絶景でした。

 

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駅の待合室は今も残っており、その中には地元の生徒さんたちが作成した旧能登線の紹介ポスターが貼られていました。

 

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廃線跡に桜の木が植樹されたようですね。

 

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また、踏切やホームの痕跡も残っていて、かつての賑わいを偲ばせてくれます。

 

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上の方に向う階段があったので登ってみました。

海岸線を一望できます!

 

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立山連峰がさらに近くに感じられます。

海の波は穏やかで、陽射しを浴びてキラキラと輝いてます。まさに最高の一日!

 

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廃駅と満開の桜が見事に調和し、心が優しく癒されました。

 

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せっかくなので、もう少し足を伸ばして九十九湾へ行ってきました。

目的はもちろん、話題の「イカキング」に会うことです!

 

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九十九湾の入り江に位置する観光交流センター「イカの駅つくモール」に到着すると、

まず目に飛び込んできたのは、全長13メートルの巨大なイカのモニュメント「イカキング」!

その迫力に圧倒されつつ、思わず写真をパシャリ。

 

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ここ能登小木港は、日本三大イカ釣り漁港のひとつとして知られています。

建物の中には、地元の特産品を集めた物産品コーナーや、イカ漁の歴史や仕組みを学べる展示コーナーもあり、

海の恵みと漁業の魅力を存分に感じることができました。

 

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また、今回は見送ったのですが、次回はぜひ遊覧船に乗って、海の上から九十九湾の絶景を楽しみたいと思います。

穏やかな海と美しい景色を海上から眺めるのは、また格別な体験になりそうです。

 

最後に、イカ墨ソフトもいただきました!

見た目はちょっと驚きましたが、味はとてもまろやかで、イカ墨の風味がしっかりと感じられて美味しかったです。

 

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帰り道に千畳敷に立ち寄ってみました。

道路からは、水深わずか1メートル足らずの浅瀬を見ることができます。

 

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かつて海水が引いた際に、この場所から石材が採取され、家の土台や門柱、墓石などに利用されていたそうです。

引き潮のときには、海面から千畳敷の岩肌が姿を現すそうです。

 

岩肌の上には、多くのカモメが休んでいる姿も見られ、のどかで美しい景色を楽しむことができました。

 

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写真を撮るのはもちろん、実際にその場所の空気や景色を肌で感じることができ、とても感動的な一日になりました。

イナガキさんの写真のように、私も素敵な瞬間をカメラに収めることができるようになりたいです。

 

 

800段の挑戦! 立木観音への登りで味わった感動と驚き (2026.04.30)

経理部の松田です。

 

宇治からの帰り道に立木観音に立ち寄ってきました。

京滋バイパスはきっと混雑しているだろうと予想し、前回奈良からの帰り道にも利用した府道3号線を通って

大津市へと向かいました。

これがまた、谷筋に沿って走るなかなかのドライブでした。

 

立木観音は、琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川の鹿跳渓谷を望む立木山の山腹にあります。

 

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昨年の1月、多くの参拝客が初詣に訪れて賑わっていたのを思い出し、ずっと気になっていた場所です。

今回は特に予定していなかったのですが、ふらっと立ち寄ることに。

 

しかし、それが予想外のハードな参拝になるとは思ってもみませんでした。

 

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立木観音の駐車場は参道入り口の瀬田川沿いにあり、いざ出発!と思ったら、

目の前に現れたのは…約800段の石段!

え、これ登るの?と一瞬ひるみましたが、やるしかありません。

 

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傾斜がかなり急な階段を、気合いと根性を振り絞って、15分間ひたすら登り続けました。

 

途中、何度も立ち止まりながらも、「もう少しだ!」と自分に言い聞かせて、一歩一歩進んでいきます。

手すりにしがみつかないと危ないくらいの急坂は、まさに修行のようなスリル満点の体験でした。

 

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登っても登っても、先が見えん…

 

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ようやく最後の石段。

 

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やっと本堂に到着すると、そこには歴史の重みとともに、弘法大師・空海の伝説が待っていました。

 

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立木観音(立木山安養寺)を開いたのは、「弘法大師 空海」です。

 

寺伝によると、815年に空海がこの地に立ち寄ったとき、瀬田川の対岸に光り輝く霊木を見つけたそうです。

川が急流で渡れず困っていたところ、白い鹿が現れ、空海を対岸まで乗せて行き、

その後、観世音菩薩に姿を変えて去ったのだそうです。

 

このとき42歳の大厄だった空海は、観音様に導いていただいたと歓喜し、霊木に等身大の観音像を刻み、

建立したのが立木山安養寺の創建だと伝えられています。

 

以来1200年あまり、厄除けの観音として広く信仰されているそうです。

 

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白鹿に導かれた観音さまのもとで、弘法大師の像が祀られています。

 

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本堂前を抜けて、参拝路を回ります。

 

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厄除けの鐘です。心を込めて、ゆったりと一突き打ち鳴らしました。

 

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厄除けの鐘から、さらに階段をのぼると奥の院。

ここで祀られているのは、道了権現大菩薩です。

 

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奥の院から階段を下ると、本堂の裏側へと続いています。

 

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休憩所にはお茶が用意されており、無料でいただくことができました。

ここで一息ついたら体力も回復。

 

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途中にあったトイレは最新式で、とても清潔で快適でした。

 

ゆっくりと階段を下りながら帰路につきます。

膝に負担がかかるため、気を引き締めて慎重に、ゆったりとしたペースで下りました。

 

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階段途中にあった弘法大師像。登りの途中では写真を撮る余裕はまったくなかった…

 

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やっと駐車場に到着。ちょうど17時を知らせる音楽が流れてきました。

 

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登ってくるのは大変でしたが、立木観音の境内は素晴らしかったです!

 

 

ナビをセットしたところ、琵琶湖西縦貫道路を通るルートが案内されました。

バイパスを利用することで時間短縮になると考え、そちらの道を選択しました。

 

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道の駅「マキノ追坂峠」に到着すると、道路の両側には雪が積もっていました。

敦賀へ抜ける峠道では、猛烈な勢いで融雪水が流れており、非常に注意が必要でした。

慎重に運転しながら無事に帰宅することができました。

 

 

宇治の歴史と伝説を巡る旅 (2026.04.27)

経理部の松田です。

 

平等院を訪れた後、私はもう一つの魅力的な世界遺産へと足を運びました。

 

宇治川に浮かぶ屋形船。今日は休業日のようで、船は静かに川面に佇んでいました。

 

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喜撰橋から見えるのは浮島十三重塔。

 

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宇治橋の東岸、朱色の朝霧橋を渡り、鳥居をくぐると宇治神社です。

 

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宇治神社は、菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)の宮跡とされる場所。

実は、昔の宇治という地名は「菟道」と書いて(うぢ)と呼ばれ、やがて「宇治」へと変わったと伝えられています。

 

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この神社の神の使いは兎。そこにはとても興味深い伝説が残っています。

 

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御祭神の菟道稚郎子命がこの地に住まいを定めた際、河内の国からやってきた途中で道に迷われたとき、

一羽の兎が現れました。

その兎は、後からついてこられた御祭神を振り返りながら先導し、迷わずに道を案内したと伝えられています。

 

この伝説から「みかえり兎」と呼ばれ、人々の人生を道徳の正しい道へと導く神様のお使いとして崇められているんです。

 

 

宇治神社から続く坂道を登っていくと、ひときわ大きな鳥居が目に飛び込んできます。

これが、宇治のもう一つの世界遺産、宇治上神社の入り口です。

 

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門をくぐると、小さな山寺を思わせる趣きの拝殿(国宝)が迎えてくれます。

 

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拝殿の前には、「清めの砂」が入った円錐の盛り砂が置かれており、神聖な空気が漂っていました。

平等院と比べると訪れる人も少なく、静かで素朴な佇まいが逆に神々しさを感じさせてくれます。

 

特に、平安時代後期に建てられた本殿(国宝)は、現存する日本最古の神社建築として非常に貴重な存在です。

 

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神社の静謐な空気に包まれながら、「お願い事はできるだけ短く、でも願いは大きく」と心の中で願いを込めました。

 

 

宇治上神社と宇治神社の間にあるさわらびの道を歩いていると、石碑と案内板が立っているのに気づきました。

 

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そこには、「早蕨(さわらび)の古蹟」の文字が。

どうやら、ここは紫式部の『源氏物語』の舞台の一つ、宇治を背景に描かれた「宇治十帖」と深く関係している場所のようです。

 

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次は、ぜひゆっくりとこの場所の空気を味わいながら、源氏物語の世界に浸ってみたいですね。

 

 

宇治川に沿ってゆったりと進んでいくと、やがて見えてくるのは、興聖寺の石の総門です。

 

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ここをくぐると参道の始まりです。

参道は「琴坂」と呼ばれる、ゆるやかな上り坂。

坂の両脇を流れる水の音が、琴の音のように聞こえることから、この名前がついたそうです。

 

そして到着したのは、竜宮造りの山門です。

 

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興聖寺は、1236年に道元禅師によって開かれた日本最初の曹洞宗の寺院です。

当初は京都市の伏見深草の地に創建されましたが、その後、道元禅師は比叡山からの弾圧を受け、越前国へと移ります。

 

その後、戦乱の影響で興聖寺は一時荒廃。

しかし、時代は流れ、江戸時代初期の1649年に、当時の淀城主・永井尚政によって現在の場所に再興されました。

 

ちなみに、道元禅師が越前国で開いた曹洞宗の大本山「永平寺」も非常に有名です。

私は2月に永平寺も訪れてきました。歴史と静寂に包まれたその場所は、心を落ち着かせる素晴らしい場所でした。

いつかその体験もブログで詳しくご紹介できればと思います。

 

 

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境内には開山された道元禅師の墓と永井家の歴代当主の墓があります。

 

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中央に道元禅師の墓

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左右に永井家の墓が並んでいました。

 

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お墓からは境内が見渡せ、庭も丁寧に手入れされており、静かで落ち着いた雰囲気が感じられました。

 

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今回、建物の中は拝観しませんでした。

法堂については、伏見城の遺構を用いて建てられたと伝えられており、鶯張りの廊下や血天井など、

多くの見どころがあったことを後になって知りました。

やはり、見ておくべきだったと後悔しています。

 

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これにて宇治観光は終了です。

 

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琴坂を歩いて駐車場に戻ります。

 

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平等院を訪れる際には、ぜひ宇治神社や宇治上神社、興聖寺にも足を運んでみてください。

 

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これらの場所には古くから伝わる神聖な空気が漂っており、

歴史と伝説に触れることで、単なる観光地以上の深い魅力を感じることができました。

 

 

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念願叶って平等院鳳凰堂へ。心に刻まれた感動の一日 (2026.04.20)

経理部の松田です。

 

奈良での2泊を終え、その翌日は京都の宇治へと足を伸ばしました。

 

今回の目的は、世界遺産にも登録されている平等院鳳凰堂を見ること!

でも、実際には平等院だけじゃなくて、宇治には魅力的な観光スポットがたくさんあって、

どこへ行こうか迷ってしまうほどでした。

歴史と自然が調和した素敵な場所で、心もリフレッシュ。まさに楽しすぎる一日でした!

 

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奈良から一般道をゆったり走って、朝霧橋の近くの駐車場に車を停めました。

平等院からも近くて便利なのに、料金は他の駐車場よりもお手頃で、まさに穴場スポット!

この駐車場は事前に料金を支払うシステムだけど、今日はなんと16時まで無料!

ラッキーすぎてテンション上がっちゃいました。

 

朝霧橋のたもとには、源氏物語「宇治十帖」の古跡を象徴するモニュメントが設置されていました。

 

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朝霧橋を通って宇治の名所、平等院へと向かいます。

 

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宇治川を渡るJR奈良線の電車

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平等院は、1052年に関白の藤原頼通が、父である藤原道長から譲り受けた別荘「宇治殿」を寺院に改めたものです。

翌年の1053年には、現在「鳳凰堂」として知られる阿弥陀堂が建立されました。

頼通は晩年、平安京を離れて出家し、平等院で隠居生活を送りました。

 

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10円玉に描かれた「鳳凰堂」。

その姿が静かな池の水面に鏡のように映り込み、まるで夢の中にいるかのような幻想的な光景が広がっていました。

 

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長年の夢だったこの瞬間をついに迎えられて、胸がワクワクと高鳴り、自然とため息が出ます。

その美しさは言葉に尽くせないほどで、心にずっと残る素敵な一瞬になりました!

 

 

鳳凰堂の内部を拝観するには、別途ご志納金として一人300円が必要です。

受付の列に並んでいると、ちょっとしたハプニングがありました。

 

私の前にいた若者が突然振り向いて、

「内部拝観の入場券を買ったんだけど、使わないから必要だったらどうぞ」と声をかけてくれたのです。

どうやら、彼は入場券を払い戻そうとして列に並んでいた様子。

すでに内部拝観は1時間待ちの状態で、私の順番が来るまでにはまだまだ時間がかかりそうでした。

 

その申し出に感謝し、遠慮なく入場券を受け取りました。もちろん代金はお渡ししましたよ。

おかげで購入の手間も省けてラッキーな気分に!

若者の親切な気持ちに触れて、ほっこりした瞬間でした。

 

 

拝観受付時間まで少し時間があったので、境内をゆっくり散策してみました。

この角度から眺める鳳凰堂も、とっても素敵ですね!

 

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思わずシャッターを押さずにはいられない、そんな魅力あふれる風景です。

 

平等院は、1994年に世界文化遺産に登録されました。

鳳凰堂の周囲に広がる池泉庭園も「平等院庭園」として国指定名勝となっています。

 

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平等院の梵鐘は、日本三銘鐘のひとつとして知られています。

こちらにあるのは、昭和47年に復元された2代目の鐘です。

 

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平安時代に作られた国宝の梵鐘は、「鳳翔館」に収蔵されていました。

 

 

こちらは平等院旧南門。

江戸時代初期、伏見桃山城から移築された秀吉ゆかりの城門「薬医門」です。

 

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平等院境内にある最勝院開祖の碑です。

 

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ここで、最勝院にまつわる歴史の一コマをご紹介。

ここには平安時代末期の武将、源頼政のお墓があります。

 

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頼政は、平氏の政権下でありながらも、源氏の長老として中央の政治の舞台に立ち続けた人物です。

平清盛の厚い信頼も受けており、晩年には従三位にまで昇進しました。

その名を聞くだけで、当時の激動の時代を生き抜いた勇敢な武将の姿が浮かび上がります。

 

しかし、頼政の運命は、やがて平氏の専横に不満を抱く中で大きく変わっていきました。

彼は、後白河法皇の皇子・以仁王(もちひとおう)とともに平氏打倒のために立ち上がります。

勇ましい戦いの末、宇治川の戦いで平氏の圧倒的な軍勢に追い詰められ、最終的にはこの地で自害したと伝えられています。

 

多くの方がお墓に手を合わせる姿を目にし、頼政の最後の戦いが、今もなお勇敢さと悲劇の物語として語り継がれていることを
改めて感じました。
彼の生き様と戦いの歴史が、人々の心に深く刻まれているのだと思います。

歴史の重みを感じながら、頼政の魂が静かに語りかけてくるような気がしました。

 

 

最勝院からは、鳳凰堂の背面側を見ることができます。

 

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屋根には、金色に輝く鳳凰が佇んでおり、これは1968年に取り替えられた2代目です。

初代の鳳凰は、建立から約900年もの長い間、阿弥陀堂を見守り続けてきました。

 

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平等院ミュージアム「鳳翔館」も見てきました。

 

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こちらには、鳳凰堂の内部を再現した九品来迎図や、国宝の鳳凰、梵鐘、そして26体の雲中供養菩薩像など、

見どころが満載でした。

特に圧巻だったのは、優雅な鳳凰と数多くの雲中供養菩薩像の壮大な展示で、その迫力と美しさに思わず息を呑みました。

 

鳳凰像は、マジで格好良かった!

神秘的なオーラに包まれてて、思わず引き込まれちゃいました。

 

 

いよいよ鳳凰堂の内部の拝観へ。

 

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職員の方が、堂内の歴史や文化財について丁寧に説明してくれました。

内部には、仏師・定朝が彫ったとされる阿弥陀如来坐像が安置されており、壁や扉には来迎の様子が精巧に描かれていました。

その上部の左右の壁には、52体の雲中供養菩薩像が懸けられており、まさに圧巻の光景でした。

 

内部の撮影は禁止されていましたが、実は鳳凰堂の外側から阿弥陀如来坐像のお顔を拝むことができるんです。

写真でそのお顔がわかるでしょうか?

 

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平等院は、極楽浄土を再現したと伝えられる美しい寺院。その歴史と神秘的な美しさに、思わず見入ってしまいました。

 

 

平等院の参道には、土産物店やカフェが立ち並び、散策しながらグルメやショッピングを楽しむことができます。

特に、宇治といえばお茶が有名ですよね。参道には歴史あるお茶屋さんも点在しています。

 

創業400年を誇る「お茶のかんばやし」は、秀吉や家康によって宇治茶の総支配に任ぜられた歴史ある茶舗。

店内には、香ばしいお茶の香りが漂ってました。

 

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また、宇治を代表する老舗として、辻利や伊藤久右衛門も有名です。

 

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お土産選びも迷ってしまうほどの品揃え。

抹茶スイーツや和菓子、伝統的な工芸品など、どれも魅力的でついつい手に取りたくなってしまいました。

 

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JR宇治駅に立ち寄りました。

駅前には、宇治市制施行50周年を記念した茶壺ポストが設置されていました。

 

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京都駅や奈良駅へのアクセスの利便性が良いのもいいですね。

 

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宇治橋のたもとには「紫式部像」が。

源氏物語の舞台でもある宇治の風景に、しっとりと溶け込んでいます。

 

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周辺は、紫式部像や宇治橋を写真に収めようとする観光客で大にぎわい。

 

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宇治川に架かる日本三古橋のひとつ、「宇治橋」。

 

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宇治橋は、646年に奈良の元興寺の僧・道登(どうと)によって架けられたと伝えられ、日本最古の橋と言われています。

現在の橋は、1996年3月に架け替えられたものです。

 

橋の上流側には、張り出した部分が設けられており、この場所は橋の守り神である橋姫を祀る「三ノ間」と呼ばれています。

この場所には、豊臣秀吉が茶の湯を汲ませたという逸話も伝わっているんですよ。

 

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目の前に広がる宇治川の流れ。

 

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橋の上から眺めると、平等院表参道の風景も絶妙です。

 

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なんといってもこの道の一番の魅力は、あたりに漂うお茶の香りですね。

環境省認定の『かおり風景100選』にも選ばれているだけあって、訪れる人を優しく包み込むその香りは、まさに癒しのひととき。

歩いているだけで、ふわっとお茶の葉の香りが鼻をくすぐり、心がほっこり温かくなりました。

 

 

皆さんも、平等院へ訪れた際には、香り豊かな表参道の散策をぜひ楽しんでくださいね!

きっと心がほっと和らぐこと間違いなしです。

 

 

つづく…

 

 

歴史と鹿に夢中! 古都奈良の魅力を再発見 (2026.03.30)

経理部の松田です。

 

奈良旅の2日目は、歴史と自然を満喫する充実の一日となりました。

朝早くから法隆寺を訪れ、世界遺産の荘厳な雰囲気に圧倒されました。

次に、藤ノ木古墳へ足を運び、静かな古墳の風景を楽しみ、その後、聖徳太子ゆかりの達磨寺へ向かい、心静かにお参りを。

続いて、筒井順慶の墓所を訪れ、戦国時代の歴史に思いを馳せました。

 

 

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一日の締めくくりとして、東大寺へ向かいました。

前回と同じ東向北商店街近くのコインパーキングに車を停めました。

驚いたことに、隣には同じ金沢ナンバーの車が止まっていて、ちょっとした親近感を覚えました。

 

 

せっかくなので、興福寺も訪れてきました。

早速、鹿に出会えてラッキー!と思ったのですが、いやいや、この辺りでは鹿は普通に見られる光景ですから。

奈良の風景に溶け込んで、まるで自然の一部のように鹿たちがのんびりと歩いています。

 

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それでも、やっぱり奈良に来たら鹿に会いたい!という夢が叶った瞬間はやっぱり格別。

念願かなって大満足です。

 

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昨年の1月に訪れた際は五重塔の修復工事の影響で拝観できなかった東金堂(国宝)が、今回は見られるようになっていました。

ただ、今回は見ずに次回に持ち越すことにしました。

 

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東金堂は、726年に聖武天皇が、叔母の元正太上天皇の病気平癒を祈って建立。

5度の焼失と再建を経て、現在の建物は1415年の室町時代に再建されたものです。

 

 

前回訪れたときは中金堂の内部を拝観したので、今回は外観だけじっくりと眺めることにしました。

やはり、外観の趣もまた格別ですね。

 

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こちらは南円堂。

 

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一方、興福寺で最古の建築物とされる三重塔(国宝)も見逃せません。

実は、前回は夜に見たので、その迫力や細部の美しさがよく分かりませんでした。

今回は日中の明るい光の中でじっくりと観賞できて、やっぱり素晴らしいと改めて感じました。

 

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三重塔の前には、「摩利支天石」と呼ばれる巨石があります。

 

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これは、興福寺子院の宝蔵院の院主だった覚禅房胤栄の守り本尊の石です。

摩利支天は陽炎を神格化した女神で、護身や勝利を司り、日本では古くから武士の守護神として信仰されてきました。

 

胤栄は十文字槍を用いた宝蔵院流槍術の創始者として知られており、胤栄はこの大石に摩利支天を祀り、

武芸の上達を願ったと伝えられています。

もともとは宝蔵院の庭にあった石で、その後廃寺となった宝蔵院から移されてきたのだそうです。

 

 

こちらは北円堂(国宝)で、三重塔と並び、興福寺に残る最も古い建物です。

 

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運慶作の弥勒如来坐像や、無著・世親菩薩立像(いずれも国宝)が安置されていますが、

これらの像は通常非公開で、見ることができるのは限られた特別公開の時だけです。

いつかその機会に訪れることができればいいのですが…

 

 

「薪能金春発祥地」の石碑を見つけました。

ここは能の金春流の発祥地だそうです。

 

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実は、金沢は「空から謡が降ってくる」と言われるほど、能の盛んな土地。

そんな中、金春流とも深い関係があることをご存じですか?

 

歴史をちょっと掘り下げると、初代加賀藩主の前田利家は能好きで、豊臣秀吉の影響を受けて金春流を好んでいたんですよ。

5代藩主の前田綱紀のとき、江戸幕府の5代将軍・徳川綱吉にならって宝生流を取り入れ、これを手厚く保護したため、

金沢では「加賀宝生」と呼ばれるほどに宝生流の能が盛んになりました。

 

実は、これらの歴史は昨年受けた金沢検定の参考書にも載っていて、その時に初めて知りました。

金沢の能の歴史は本当に奥深いです。

 

 

今回は興福寺の境内を一周してみました。

広い境内をゆったりと歩きながら、歴史ある建物や自然の風景を楽しむことができ、心が落ち着くひとときでした。

 

 

奈良公園内を歩いて東大寺へ向かいます。

 

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奈良国立博物館。

 

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奈良国立博物館の敷地内には、「宝蔵院流鎌槍発祥之地」の碑があります。

ここはかつて宝蔵院があった場所であり、先ほどブログ内で触れた摩利支天石があった場所でもあります。

 

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歴史のあった場所に立てられた碑を見ながら、宝蔵院流槍術のルーツにちょっと触れられるのも、なかなか面白い体験でした。

 

 

鹿とのツーショットを狙ってカメラを構えるけど、なかなか絶妙な瞬間が訪れてくれません。

「こっち向いて!」って鹿に指示したい気分です。

 

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でも、そんなちょっとした苦労も、写真を見るたびに思い出とともに笑みがこぼれます。

 

 

いよいよ本日最後の目的地、東大寺に到着です!

境内にはたくさんの鹿がのんびりと歩いていて、鹿とふれあえる観光スポット。

 

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そういえば、前回東大寺と書かれた石碑を撮るのをすっかり忘れてしまったのがちょっと悔しいです。

 

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まずは正門の南大門。

 

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日本最大の仁王像が堂々と迎えてくれて、その迫力はいつ見ても圧巻ですね。

 

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門をくぐると、次は中門です。

 

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中門の格子越しに遠くに見える大仏殿をパシャリ。

 

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今回、東大寺を訪れたのは、二月堂をぜひ見てみたかったからです。

夕方の時間帯だったので、二月堂から奈良市内の夜景も楽しめるかなと期待していました。

古い寺院と夜景の組み合わせは、きっと素敵な風景になるだろうと思いながら、わくわくしながら訪れました。

 

階段を登っていくと、なんと鹿たちがお出迎えしてくれました。

自然の中でのんびりと佇む姿に、思わずほっと心が和みました。

 

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二月堂へ続く階段を登ると、提灯に優しい灯りがともっていて、なんとも幻想的な雰囲気でした。

 

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夕焼けを期待していたのですが、残念ながら空の色合いはちょっと物足りなくて、少し期待外れ。

 

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でも、その代わりに素敵な出会いもありました。

近くに住むおじさんとお話しする機会があったのですが、彼は「昨日の夕焼けはきれいだったよ」と、

昨日の空がオレンジ色に染まった絶景の写真を見せてくれました。

 

おじさんの話によると、奈良に宿泊する人は意外と少なくて、大半は日帰りで訪れているそうです。

みんな大阪や京都に宿をとって、ちょっと足を伸ばす感じなのだとか。

 

奈良は見どころ満載の魅力的な場所だから、日帰りじゃもったいない!

今回私は奈良に2泊していますが、奈良の静かな古都の空気や歴史的な寺社仏閣、自然の風景をじっくり味わうなら、

やっぱり泊まってゆっくりするのがおすすめですよ!

 

 

二月堂といえば、やはり「お水取り」が有名ですよね。

この行事では、大きな松明が二月堂の回廊で力強く振り回され、その激しい火の粉や熱によって、回廊の手すりはすり減っています。

 

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ぜひ一度、お水取りの様子を実際に見てみたいです。

 

 

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日没を過ぎると街に灯りがともり、二月堂からの夜景を楽しむことができました。

夜景を狙って訪れている方も多く、皆さんそれぞれの時間を静かに満喫している様子でした。

 

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土塀の風情がなんともフォトジェニック。

 

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中門まで戻ってまいりました。

明日は大晦日で、今日は比較的観光客が少ないように感じましたが、明日になると一段と賑わうことでしょうね。

 

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暗闇の中に映える仁王像は、昼間に見るよりも一層迫力を増しているように感じられました。

先ほどお会いしたおじさんとこちらでも再会し、ちょうど18時に消灯されると伺ったため、

その瞬間に消えるのを確認して東大寺を後にしました。

 

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こちらは、JR奈良駅の旧駅舎です。

屋根には相輪を持つ、まるで寺院のような風情ある建築が印象的です。

 

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今は奈良市の総合観光案内所として利用されており、内部にはスターバックスも入っていました。

ライトアップされた姿は夜の静けさとともに、とても幻想的で素敵な雰囲気を醸し出していました。

 

 

駅前広場の一角には、古い石燈籠が立っています。

 

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これは、平城宮の大極殿跡までの距離を示す道標だそうで、奈良の歴史と趣きを感じさせてくれます。

古都奈良の風情を存分に味わえる、そんな素敵な光景でした。

 

 

最後に振り返ると、奈良の旅は歴史と自然、そして偶然の出会いも楽しめる、とても素敵な時間になりました。

奈良は一度だけじゃなく、何度でも訪れたい場所のひとつです。

訪れるたびに新しい発見があり、その奥深さに飽きることがありません。

次回の旅では、また違った角度から奈良の魅力を探しながら、素敵な時間を過ごしたいと思います。

 

 

奈良の歴史散策 ―古墳と戦国武将の墓所巡り― (2026.03.14)

経理部の松田です。

 

法隆寺の歴史探検を終えた後、次なる冒険は藤ノ木古墳へ!

 

その前に、まずはお腹を満たすために一息ついて食事を楽しみました。

参道沿いのお店で、梅うどんを注文。

 

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藤ノ木古墳は法隆寺からほど近い場所にあり、国の史跡に指定されています。

6世紀後半に築かれた直径約50m、高さ約9mの円墳です。

 

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古墳の中央には全長14mの横穴式石室があり、その中に巨大な石棺が安置されています。

石棺はくりぬき式の家形石棺で、2人の人物が葬られていたそうです。

 

発見された副葬品も非常に貴重で、藤ノ木古墳の名は一躍有名になりました。

 

石室の入口に窓がついていて内部を覗き見できるのですが……うーん、薄暗すぎて、よく見えませんでした。

それでも、古代のロマンを感じさせるこの古墳は、歴史好きにはたまらないスポットです。

 

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法隆寺を訪れる際には、ぜひとも藤ノ木古墳も見てみてください。

 

 

次に向かうのは、王寺町にある達磨信仰の発祥地、達磨寺です!

このお寺には、ちょっと面白い伝説がたくさん伝わっていて、まさに聖徳太子ゆかりの聖地です。

 

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その中でも特に注目なのは、なんと聖徳太子の愛犬「雪丸」の石像!

 

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伝説によると、雪丸は人の言葉を理解し、お経まで読むことができたとか! 賢いですね。

 

雪丸のふっくらとした愛らしい姿は、見ているだけで思わず笑みがこぼれます。

 

 

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達磨寺の本堂は、達磨大師の墓と伝えられる古墳の上に建てられています。

この場所には、聖徳太子が飢人を助け、厚く葬ったという説話が「日本書紀」に記されており、

その物語がこの寺の由来となっています。

 

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その飢人は、のちの達磨大師の化身だったと考えられるようになり、これが、今も伝わる達磨寺の起源です。

 

現在の本堂の下には「達磨寺3号墳」と呼ばれる古墳時代後期の円墳があり、

その上に鎌倉時代にお堂が建てられました。

 

長い時代を超えて人々の信仰が息づいているんですね。

 

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境内には、片岡八郎と春利のお墓があります。

 

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片岡八郎は、王寺の出身で、南北朝時代に活躍した人物です。

彼は、後醍醐天皇の皇子・大塔宮護良親王の忠実な家臣の一人として知られています。

 

天皇と大塔宮は鎌倉幕府を倒すため計画を進めていましたが失敗に終わり、

大塔宮が熊野へ逃げ延びる際に片岡八郎はお供し、大塔宮を守って十津川で戦死しました。

 

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片岡春利は戦国時代末期の片岡城の城主で、筒井順慶の妹婿です。

片岡城は松永久秀によって攻められ、一時城を乗っ取られたものの、春利は奮戦を重ねて奪い返したそうです。

 

 

そして驚くことに、その片岡春利のお墓の隣には、あの松永久秀のお墓もあるんです。

 

 

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お墓を建てたのは大和を巡る争いの中でライバル関係にあった筒井順慶です。

 

戦国時代の「最大の悪人」とも呼ばれた松永久秀。

将軍・足利義輝の暗殺、東大寺の焼き討ち、さらに織田信長に対する謀反など、

数多くの壮絶な事件を引き起こした人物です。

実は達磨寺も、松永久秀によって一度焼き払われているんです。

 

信貴山城の戦いで、織田軍の攻撃を受けた久秀は自害し、その遺体を筒井順慶が達磨寺に葬ったといわれています。

 

戦国の激動の時代に、敵対しながらも同じ場所に眠る武将たち。

さまざまな思いが交錯し、なんだか複雑な気持ちになりますね。

 

 

雪丸は王寺町の人気マスコットキャラクターですよ。

 

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達磨寺、訪れる価値大アリです!

犬好きさんも、歴史好きさんも、きっと楽しめるはずですよ!

 

 

次に訪れたのは、郡山市にある筒井順慶の墓所です。

近鉄橿原線の平端駅から近く、少し狭い道路を進んだ先にありました。

 

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36歳という若さで病死した順慶。

織田信長の後援により、宿敵・松永久秀を破り、大和の統一を成し遂げ、郡山城を築きました。

 

本能寺の変後、明智光秀から味方になるよう誘われましたが、順慶は静観の態度を崩さず、

その信念を貫き通しました。

光秀の死後、順慶は羽柴秀吉の家臣となります。

 

年末のためか、入口の扉は施錠されていて、内部に入ることはできませんでした。残念…

 

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最近は墓所の記事が多くなってしまっていますが、歴史の足跡をたどる旅の中で、

どうしても戦国武将の墓所巡りは欠かせません。

それだけ、私には彼らの生き様や時代背景を感じることができる大切な場所なんです。

 

これからも、時代に思いを馳せながら、そんな場所に足を運びたいと思います。

 

 

奈良の街を車で回っていると、幹線道路から一本入った住宅街の道は車一台分の狭い道幅で、

すれ違いは難しく、対向車が来ないかとヒヤヒヤしながら運転しました。

 

さて、次は東大寺に向かいます。

つづく…

 

 

世界最古の木造建築に会いに、法隆寺へ! (2026.02.28)

経理部の松田です。

 

奈良旅2日目は、世界最古の木造建築と称される法隆寺へ。

 

法隆寺の創建は607年。その長い歴史は約1400年以上にわたります。

聖徳太子ゆかりのお寺としても知られ、歴史の重みと神秘さがひしひしと伝わってきました。

 

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参道は美しい松並木になっており、歩いているだけで心が静まるような心地よさがあります。

 

参道を抜けると、壮麗な南大門(国宝)が迎えてくれました。

朝の清々しい空気の中、その荘厳な佇まいに目を奪われながら、いよいよ境内へと足を踏み入れます。

 

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拝観時間は8時からなので、早朝の静寂とともに、歴史の深さを感じながらゆったりと見学を楽しむことができました。

 

南大門をくぐると、法隆寺の神秘的な雰囲気と荘厳な佇まいに思わず見入ってしまい、

しばらくの間、動けなくなるほどの感動に包まれました。

 

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修学旅行で法隆寺に行ったことも、正直なところあまり記憶に残っていません。

でも、大人になってから改めて訪れると、その歴史の深さや美しさを心から楽しめることに気づきました。

あの頃はただの遠足だったけれど、大人になってからの今、じっくりと見て感じる法隆寺は、

まるで新しい世界へと誘ってくれるようでした。

 

中央に見えるのが西院、その右側に進むと東院です。

まずは西院の中門(国宝)へ。

 

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中門の左右には、日本最古の仁王像「金剛力士像」が安置されています。

風雨にさらされながらも、約1400年以上もの長い歴史を見守り続けるその姿は、迫力がありますね。

 

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中門に掛かる戸帳は、羽を広げた鳳凰の模様があしらわれていました。

法隆寺にふさわしい格式の高さと荘厳さを感じます。

 

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法隆寺は日本初の世界文化遺産です。

1993年(平成5)に世界文化遺産に登録されました。

創建当初は「斑鳩寺(いかるがでら)」という名称でしたが、後に「法隆寺」と改名されました。

 

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広大な敷地に、国宝や重要文化財がずらりと並び、まさに歴史の宝庫といえる法隆寺。

その壮大さと奥深さから、どこから見れば良いのか迷ってしまうほどです。

 

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とりあえず、西側の出入口である「西大門」から門をくぐり、東へと巡ってみることにしました。

 

 

その途中で、凝ったデザインのマンホールが目に留まって撮影。

 

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西大門をくぐって左へ向かうと国宝の西円堂があります。

中央に安置されている薬師如来坐像も国宝です。撮影禁止なので写真はありません。

 

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伝えられるところによると、奈良時代の718年に光明皇后の母、橘夫人の発願により、

行基菩薩によって建立されたとされています。

行基菩薩といえば、東大寺を創建された方でしたよね。

 

現在の建物は鎌倉時代の1250年に再建されたもので、歴史的な価値が高いです。

 

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西円堂からは、西院伽藍を望むことができます。

西円堂は無料で拝観できました。

 

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次に向かったのは、1231年に建てられた三経院と西室。

国宝に指定されており、建物はつながっています。

 

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三経院は聖徳太子が勝鬘経・維摩経・法華経の3つの経典を注釈された『三経義疏(さんぎょうぎしょ)』にちなんで

付けられた仏堂。

西室はかつて僧侶が居住していた僧房です。

 

 

さて、それではいよいよ西院伽藍へ突入です!

 

拝観料は大人1人2000円とちょっとお高め。でも、その価値は十分にありますよ。

だって、西院伽藍の中はもちろん、大宝蔵院や東院伽藍もすべて共通の入場料で見られるんです!

高い分、期待も膨らみます。

 

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そして驚くべきは、金堂と五重塔、中門、回廊がなんと飛鳥時代の建物だということ!

現存する木造建築としては世界最古です! いずれも国宝に指定されています。

 

その古さゆえに、もう写真を撮る手に力が入る入る!

歴史の重みを感じながらも、素敵な一瞬を確実に写真に収めようと、ついつい気合が入ってしまいました。

 

法隆寺のシンボル「五重塔」は現存する木造五重塔としては世界最古です。

最初に目を引くのは、その見た目。

屋根が6つあるように見えますが、実は一番下の屋根は「裳階(もこし)」と呼ばれる塔を支える役割を持つ部分なんです。

なので実際の層は5つだけ。

 

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塔の内部には釈迦にまつわる四つの説話を、巧みに塑像で表現した場面が。

歴史と仏教の教えがギュッと詰まった空間になっていました。

 

五重塔の前には礼拝石があります。金堂の前にも同じく礼拝石がありました。

神聖な感じがしますね。

 

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金堂は一見すると2階建てのように見えますが、実は1階だけの建物。

見た目の印象と、実際の構造の違いもまた面白いポイントです。

 

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金堂内には「釈迦三尊像」(国宝)が安置されていました。

これは聖徳太子の冥福を祈って造られたと伝わるもので、なんと623年に完成した日本最古の仏像であり、

法隆寺の本尊です。

そしてこれらを守護する日本最古の四天王像(国宝)が祀られていて、見どころ満載でした。

 

また、壁画も見どころのひとつで、歴史を感じることができる貴重な作品でした。

 

 

僧侶が学問を研鑽する場所として建てられたのが「大講堂」(国宝)。

 

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堂内には、平安時代に作られた「薬師三尊像」(国宝)と、重文に指定されている四天王像が祀られています。

特に薬師三尊像は、その優美さと荘厳さから多くの拝観者の注目を集めていました。

 

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中門からは優雅に伸びる回廊が続いています。

また、境内に立ち並ぶ松の木も、とても素敵な風景を作り出していました。

長い年月を経て、風情のある枝ぶりと緑の葉が静かに境内を守っているかのようでした。

 

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法隆寺の金堂には、屋根を支える「龍の添え柱」があります。

いかにも神秘的で格好いいですよね。

 

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五重塔に目線を変えてみると、その屋根の見える部分に何か不思議なものが…?

 

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ガイドさんに尋ねてみたところ、「これ、実はお相撲さんなんですよ!」と教えてもらいました。

え?お相撲さん?と思いきや、なんと江戸時代に屋根の強度を補強するために作られたそうです。

しかも、そのお相撲さんは、なんともユーモラスに屋根を支えていらっしゃる!(笑)

 

古い建築にちょっとした遊び心が見え隠れする、そんな発見でした。

じっくり観察してみると新しい発見があるかもしれませんね。

 

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法隆寺の中でも特に心に残ったのが「聖霊院」(国宝)。本尊は「聖徳太子像」です。

 

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長い歴史の中で、多くの人々が聖徳太子像に願いを託し、祈りを捧げてきたと思うと、

その歴史の深さと敬慕の念が自然と湧き上がってきます。

 

一目見ようとお参りしてきましたが、その静かで荘厳な雰囲気には圧倒され、思わず胸が熱くなりました。

 

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聖霊院の前にある鏡池の横に、龍の手水所が設置されています。その形が壺のようで珍しいデザイン。

こんなにユーモラスで可愛らしい手水所、他ではなかなか見られませんね。

 

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そして鏡池のほとりには、正岡子規の有名な俳句「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の句碑がありました。

秋の風情を詠んだこの句は、心に深く響きます。

 

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「大宝蔵院」では法隆寺の寺宝を収蔵し、素晴らしい名宝がたくさん公開されています。

特に、飛鳥時代に作られた国宝の「百済観音像」や「玉虫厨子」は、まさに必見の逸品でした。

その他にも見どころ満載の名宝が多く、私も何度もこの名宝たちに見入ってしまいました。

 

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次は東院伽藍へ向かいます。

西院伽藍から東院伽藍へ通じる参道の途中に建つのは「東大門」です。

奈良時代に作られた国宝です。

 

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南大門から見える景色は、両側に続く古びた土塀が風情を醸し出しています。

土塀を見ながら進むうちに、まるで飛鳥時代へと吸い寄せられていくような感覚になりました。

 

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東大門から土塀に沿って北へと伸びる道は、地域の生活道として利用されていて、

町の風景に歴史が溶け込んでいるのが感じられます。

 

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この狭い道から突然、ボトルカーが出てきたときには、思わず驚いてしまいましたが…

 

 

東院伽藍の入口に位置する「四脚門」。

 

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四脚門をくぐると、そこには優雅な鳳凰のデザインが施された手水所が迎えてくれます。

 

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共通入場券を提示して、いざ中へ。

 

「夢殿」は、聖徳太子の供養と信仰のために建てられた東伽藍の中心的な本堂です。

その中には、国宝の救世観音像が安置されています。

 

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また、この場所は、かつて聖徳太子が住まわれたとされる斑鳩宮の跡地に建っています。

 

 

こちらは「絵殿」と「舎利殿」

 

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左側の絵殿には江戸時代の聖徳太子の障子絵が収められ、

右側の舎利殿には聖徳太子が2歳の春に合掌した際に現れたと伝わる舎利が安置されているそうです。

どちらも鎌倉時代の建物で、国の重要文化財。

 

そして、奥に見えるのが国宝「伝法堂」。

伝法堂は聖武天皇の夫人・橘古那可智の住宅を仏堂に改造したものです。

 

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東院鐘楼は、袴腰と呼ばれる様式で建てられた鎌倉時代の建物です。

奈良時代の梵鐘が吊るされています。

 

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珍しい形状に思わず目を奪われます。なかなか見ることのできない貴重な景観ですね。

 

 

東院に隣接する中宮寺へ。別途入場料が必要です。

 

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聖徳太子が母・穴穂部間人皇后のために建立したと伝わる尼寺です。

創建当初はここから約500メートル東の旧中宮寺跡にありました。

しかし、戦国時代の火災により寺は焼失し、その後現在の場所に移されてきました。

 

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中宮寺は皇室ゆかりの寺としても知られており、天皇陛下と皇后雅子様がご訪問された際の写真が、

受付横のお土産売り場に飾られていました。

2023年には上皇ご夫妻も訪れていますね。

 

一般非公開の表御殿は、江戸時代に建てられたものです。

 

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池に囲まれた本堂には、飛鳥時代の貴重な仏像・菩薩半跏像が安置されています。

その穏やかに微笑む表情が印象的で、非常に美しい仏様でした。

 

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後になって知ったのですが、中宮寺の菩薩半跏像は、スフィンクスやモナリザと並び、「世界三大微笑」と

呼ばれているそうです。

 

 

そんなこんなで、歴史の宝庫・法隆寺を満喫し、心も体もリフレッシュ!

やっぱり古い建物って、時代を超えた不思議なパワーを感じますね。

 

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1400年の長い歴史が育んだ落ち着いた風情ある空間に佇むと、時を超えた静かな気配に包まれ、心が落ち着きました。

国宝や重要文化財に指定された貴重な建造物の数々は、その歴史的価値と美しさに圧倒されるばかりでした。

 

 

次はどんな冒険が待っているのか…?

奈良の旅は、まだまだ続きます!

 

 

 

【法隆寺ショートムービー】

 

 

大納言塚で願いを叶える? 秀長公の足跡をたどる旅 (2026.02.20)

経理部の松田です。

 

大和郡山城を見学した後、豊臣秀長のお墓がある大納言塚へ向かいました。

 

お城からは徒歩約10分の距離にあり、住宅街の中の細い路地にひっそりと佇んでいました。

気づかずに通り過ぎてしまいそうな場所にあったため、ふと寂しい気持ちになってしまいましたが…。

 

 

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墓所の前には、「お願いの砂箱」があり、名前と願い事を唱えて3回砂を通すと、願い事が叶うそうです。

 

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大和大納言秀長公は、優しくて賢くて、とても立派なお殿様です。

きっと、私のささやかな願いも、心優しいお殿様なら聞いてくださるに違いありません。ありがたいことです。

 

 

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もしも近くに住んでいたら、毎日でも「お願い、お願い!」ってお願いに通いたいところです。

きっと秀長公も「またお願い事に来たよ…」なんて笑いながら耳を傾けてくれるかもしれませんね。

まあ、そのうち願い事が山積みになりすぎて、「もう勘弁してくれ!」とお叱りを受けるのも悪くないかもしれません(笑)。

 

それほど、頼りにしたい素敵なお殿様です!

 

 

塚の周囲は白壁の土塀に囲まれており、静かに歴史の佇まいを守っています。

 

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門をくぐると五輪塔があり、ここに豊臣秀吉の右腕として活躍した弟・豊臣秀長公が眠っています。

 

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豊臣家の家紋「五三桐」と「箱本」の文字が刻まれています。

 

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秀長は1585年(天正13)、大和・和泉・紀伊の100万石の領地を治め、郡山城主となりました。

本格的な築城に着手するとともに、町方自治の独特な制度である箱本制度を導入。

この制度により城下の商工業を育成し、郡山の繁栄の礎を築きました。

 

1591年(天正19)1月22日、秀長は郡山城内で亡くなりました。51歳でした。

 

 

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歴史を振り返るたびに、まず「すごいな」と感じる瞬間があります。

時代を超えて受け継がれる文化や知恵、偉人たちの勇気や努力。そこには感動と敬意が湧いてきます。

 

しかし一方で、歴史の裏側には戦や争いなど残酷な現実もあり、

なぜ、あれほどまでに戦をする必要があったのかと考えると、心が痛み、複雑な気持ちになります。

 

そんな歴史の深さと複雑さに思いを馳せながらも、

私は今、毎週楽しみにしている大河ドラマ「豊臣兄弟」に夢中です。

 

主人公は、豊臣秀吉の弟、豊臣秀長。

百姓から出発し、下剋上を経て天下統一を成し遂げた彼の人生を描いたものであり、

久しぶりの戦国時代の作品を楽しんでみています。

 

何と言っても兄弟のコミカルなやりとりが面白くて、

緊張感あふれる歴史の中に、ふっと笑みがこぼれる瞬間が散りばめられています。

時には冗談を交えたり、ちょっとしたからかい合いが見られたりして、家族の温かさを感じさせてくれます。

 

その中で、豊臣兄弟がどのようにして天下統一を成し遂げていくのか、

展開を見守るのが毎週の楽しみなんです。

 

このドラマを通じて、豊臣秀吉と弟・秀長の絆の強さや、それぞれの個性が垣間見え、歴史の裏側がより身近に感じられ、

今後の物語にますます引き込まれていきそうです。

 

これからも大河ドラマ「豊臣兄弟」の兄弟の活躍と、彼らがどのように歴史を動かすのか、

その行く先を楽しみにしたいと思います。

 

 

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豊臣秀長の足跡をだどる旅は、歴史の一コマを肌で感じることができる貴重な時間でした。

静寂に包まれた大納言塚は、遠い時代に思いを馳せる場所として、心に深く刻まれるひとときとなりました。

 

次回はまた異なる場所も訪れて、歴史の足跡をたどり続けたいと思います。

 

 

約1年ぶりの奈良再訪!大和郡山城訪問記 (2026.02.13)

経理部の松田です。

 

昨年末、また奈良を訪れる機会に恵まれました。

昨年の年明けに訪れた際に、改めて奈良の歴史と自然の美しさに魅了され、年末にも再び足を運びました。

今回は、前回訪れていなかったスポットを中心に、奈良の奥深さを満喫してきました。

 

そのひとつが、大和郡山城です。

今年の大河ドラマ「豊臣兄弟」の舞台の一つとしても注目されている奈良県郡山市にある歴史的な城跡です。

 

 

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お城の入口には大和郡山城と追手門についての詳しい歴史案内文が長々と書かれていたので、

興味深く読ませていただきました。

 

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最初に郡山城を築いたのは、戦国時代の名武将・筒井順慶です。

昨年の年明けに奈良を訪れた際、彼の菩提寺である伝香寺にも足を運んできました。

あの時の様子や境内の様子については、私のブログ(古都奈良の世界遺産巡り後編)をご覧いただければと思います。

 

筒井順慶は織田信長の後援によって大和統一の偉業を成し遂げ、築城に着手しました。

その後、大和・和泉・紀伊100万石の太守として豊臣秀吉の弟・豊臣秀長が入城し、豊臣政権の畿内統治の拠点として

本格的な築城が行われました。

そのとき追手門もこの場所に築かれたようです。

 

しかし、関ケ原の戦いで西軍は敗北。徳川家康によって郡山城は取り壊され、建物のすべては伏見城へ移されました。

大阪の陣後に水野勝成が城主となってから復興整備が始まり、以降は松平、本多、柳澤といった譜代大名が城主を務め

再整備が行われましたが、明治維新を迎えて廃城となり、建物はすべて取り払われてしまいました。

 

 

こちらが追手門。

 

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昭和58年に市民の寄付などにより追手門、追手向櫓などが秀長築城にふさわしい姿で復元されました。

 

追手門には、豊臣家の家紋が刻まれ、豊臣家の威光と栄華を感じます。

城の入口にふさわしい、壮麗で堂々とした存在感があります。

 

 

こちらは追手向櫓。

 

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現在、郡山城跡は公園として整備され、令和4年に国史跡に指定されました。

古くから桜の名所としても知られ、「日本さくら名所100選」に選ばれています。

 

 

追手門をくぐって右へ向かうと、城址会館があります。

この建物は明治40年に興福寺境内に建てられた旧奈良県立図書館です。昭和45年にこの場所に移築されました。

訪れた日は年末の為、休館となっていました。

 

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追手東隅櫓からは近鉄橿原線を走る電車を見ることができます。

 

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極楽橋を渡って本丸へ。

 

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内堀に架かる極楽橋は、発掘調査の結果、何度も建て替えられてきたことが明らかになったそうです。

 

 

築城から400年以上が経過し、歴史の重みを感じさせる城跡。

郡山城の石垣には転用石材も多く使われています。

 

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城跡の持つ静謐な雰囲気は、過去の激動の時代を生き抜いた武士たちの息吹が感じられ、心が落ち着きます。

 

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天守台から望む景色は絶景でした。

遠くに広がる大和郡山の街並みや若草山、歴史と文化の薫る薬師寺、そして修復中の興福寺五重塔までも見ることができ、

戦国時代に思いを馳せながら静かな時間を過ごしました。

 

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大和郡山城には天守閣が復興されることはありませんでしたが、私はむしろその殺伐とした風景に惹かれます。

松尾芭蕉の俳句「夏草や兵どもが夢の跡」の情景が頭に浮かび、戦の名残と時の流れを静かに物語っているように感じます。

天守閣の華やかさではなく、そこに漂う歴史の重みや哀愁を感じさせる風景に、私は深い魅力を感じています。

 

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本丸には柳澤神社があります。

神社の祭神は江戸幕府5代将軍 徳川綱吉の側用人として活躍し、政治の中枢を担った柳沢吉保です。

 

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甲斐国生まれの柳沢吉保は、後に川越城主を経て甲府城主となりますが、

2代柳沢吉里の時に、柳沢家は幕府より甲府から郡山への転封を命じられて郡山城に入りました。

吉里以後、6代にわたって柳沢家が明治維新まで大和郡山藩主を務めました。

 

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柳沢家の菩提寺である永慶寺にも行ってきました。郡山城から徒歩数分の場所にあります。

永慶寺は柳沢吉保が甲府に建立したお寺であり、長男の柳沢吉里が郡山藩に移封されると、同じく郡山に移転しました。

 

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山門は郡山城の南御門を移築したものです。豊臣秀長時代に建てられたものだそうです。

 

 

墓地の中央に柳沢家の墓所がありました。

 

6代藩主柳沢保申の墓

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6代藩主柳沢保申の正室明子の遺髪碑と5代藩主柳沢保興の正室淑姫の墓

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柳沢宗家8代当主柳沢保恵の墓

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柳沢家の2代以降の歴史については、私自身詳しく知りませんが、とりあえず写真を撮ってきました。

 

 

 

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長い歴史の中で幾度も変わりゆく姿を見せてきた大和郡山城。

城跡を歩きながら、歴史の流れや当時の権力者たちの思惑を想像すると、ますますこの場所の深みを感じました。

 

 

京都府京田辺市の一休寺に立ち寄る旅のひととき (2026.02.05)

経理部の松田です。

 

昨年末、奈良へ向かう途中に、京都府京田辺市にある一休寺に立ち寄りました。

 

 

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このお寺は、「とんちの一休さん」でおなじみの一休禅師が晩年を過ごした場所として知られています。

一休さんの本名は一休宗純(いっきゅうそうじゅん)といい、室町時代の1400年代に活躍されました。

禅の修行とともに多くの詩や俳句も残されています。

 

 

総門の前にあった「一休とんちロード」の案内板

 

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一休さんにまつわるとんち話やユーモアあふれるエピソードが紹介されているようです。

 

 

総門をくぐると石畳の参道が続きます。

 

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一休和尚筆の碑「諸悪莫作、衆善奉行」 悪いことはするな、よいことをせよの意です。

 

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境内には一休禅師の墓所があります。

現在、墓所は宮内庁により御陵墓として管理されており、墓所には門扉が設けられ、扉には菊花の紋章が刻まれていました。

 

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中に入ることはできないので、紋章の隙間から中を覗いてみました。

歴史の深さと格式の高さを物語っていますね。

 

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庫裡で拝観料を支払って方丈の中へ。

 

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ここで、驚きの事実に出会いました。

なんと、方丈や庫裏、唐門、東司、鐘楼、浴室といった重要な建物が、

1650年に加賀藩の3代目藩主・前田利常の寄進によって再建されたということを!

 

前田利常は大阪夏の陣で大阪に向かう途中、一休寺を参詣。

そのとき、一休禅師への崇敬の念と寺の荒廃を嘆く気持ちを抱き、寺院の再興に尽力したそうです。

 

一休寺の歴史に、まさか前田家とのつながりがあったとは…!

まったくの盲点で、正直、かなり驚いています。

 

これらの歴史の重みを感じさせる貴重な建造物は、いずれも重要文化財に指定されています。

 

 

一休禅師御使用輿

 

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一休禅師が80歳の時、大徳寺の47世住職に就任された際も、この輿に乗って京都紫野の大徳寺へ通われたそうです。

一休禅師の長寿と、深い修行への想いが伝わってきそうです。

 

大徳寺には、前田利家の正室・まつが前田家の菩提寺として建立した芳春院があり、

そこにはまつと長男の利長の御霊屋が安置されています。

このことから、利常が寺院に対して深い崇敬心や恩義を抱いていたのではないかと感じました。

 

この発見を通じて、これまで見えていなかった新たなつながりに気づき、自分の視野が少し広がったような気がします。

 

 

方丈中央には一休禅師の木像が安置されていました。

襖絵は狩野探幽斎守信の49歳の時の筆によるものです。

 

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方丈庭園

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これは一休さんの名逸話「屏風の虎退治」ですね。

 

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将軍 足利義満が出した無理難題を一休さんがとんちを効かせて見事に切り抜けるエピソードとして語り継がれています。

アニメの名シーンが蘇えってきました。

 

 

小さな門をくぐると一休寺の本堂があります。

 

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本堂は室町幕府6代将軍 足利義教により建立されました。重要文化財です。

 

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こちらは開山堂。

 

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境内にそびえる一休禅師の像と、少年時代の一休さんの像。

今の世の中のさまざまな汚れや混乱をこの箒で一掃し、もっと明るく、清らかな世界にしたいという願いが

込められているそうです。

 

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「このはし わたるべからず」と書かれた看板を見て、ちょっとドキドキしました。

でも、大丈夫! 私は堂々と橋の真ん中を渡りきりましたよ。

 

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二十世紀の森という場所もあって、さまざまな表情をした石像がありました。

 

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鐘楼

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浴室

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宝物殿も見てきました。

一休寺で晩年を過ごした一休禅師の遺品などが納められています。

 

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左は重要文化財の一休禅師画像、右は前田利常が一休寺に送った書状です。

 

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これらの史跡や宝物を観ることで、一休禅師と前田家との深い縁を改めて実感できました。

 

 

墓地には観世流の音阿弥と南近江の武将、佐々木承禎のお墓があります。

 

観世流は、室町時代に生まれた能楽の流派の一つ。

能楽の発展に大きく貢献した観世流の音阿弥、元章、そして清興のお墓です。

 

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佐々木承禎は戦国時代の南近江の武将で観音寺城主でした。

上洛を目指す織田信長の侵攻を受けて、観音寺城を退去し流浪の身となりました。

 

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前回のブログでも触れましたが、武田信玄の菩提寺として知られる恵林寺が、織田信長によって全山焼き討ちされた理由は、

実は佐々木承禎をかくまったことにあったと言われています。

佐々木承禎をかくまい、逃がしたことで、織田軍の怒りを買い、恵林寺は悲劇に見舞われました。

 

まさかこの出来事が、後の歴史と深くつながっていたとは…

驚きとともに改めて歴史の複雑さと運命の不思議さを感じさせられます。

 

 

茶人寸松庵禅師の墓

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子供の頃、一休さんのアニメを夢中で見ていました。

そのユーモアと知恵にあふれた姿に、いつもワクワクしながら楽しんでいました。

彼の機転の利いたとんちは、子供心にも「すごいな」と感心させられるものでした。

 

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『あわてないあわてない、一休み一休み』

これは子供の頃、アニメの中でよく耳にした一休さんのフレーズ。

忙しい毎日や焦る場面で、この言葉を思い出すと、自然と心が落ち着いてきます。

 

一休さんの言葉は、私たちの日常にも深く響くものがありますね。

時には立ち止まり、深呼吸をして心と体をリフレッシュさせることの大切さを優しく教えてくれているようです。

 

 

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アニメの中の一休さんは、単なるおちゃめなキャラクターではなく、人生の本質や人間の心の奥深さを

教えてくれる存在だったんですね。

 

子供の頃の楽しい記憶とともに、一休さんの教えを胸に、日々の暮らしに少しのユーモアと知恵を取り入れていきたいと思います。

 

 

新潟県糸魚川市の柵口温泉 権現荘に泊まってみた!雨天も味わい深い旅に。 (2026.01.19)

経理部の松田です。

 

昨年に金沢検定を受験した翌週、私は能生の柵口温泉 権現荘に泊まってきました。

検定の疲れを癒しつつ、自然豊かな温泉でゆったりとした時間を過ごしました。

 

 

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時間にゆとりがあったので、のんびりと国道8号線を通って目的地へ向かいました。

途中、黒部市の道の駅「KOKOくろべ」に立ち寄ったのですが、道の駅って、ついつい長居しちゃいますね。

 

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お天気はあいにくの雨模様ですが、時折雨が止んで陽が射すことも。

晴れていれば、立山連峰を望むことができたんだろうな…

 

地元のお土産を眺めながら、「これ面白い!」「あれ美味しそう!」とワクワクが止まりません。

気付けば、時間もあっという間に過ぎていて、ついつい長居してしまいました。

 

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その中でも特に気に入ったのは、地元の名物「揚げ天」。

サクサクの揚げ天を買って、その場でパクリ。揚げたてのふんわり感と塩味が絶妙で、とても美味しかったです。

 

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能生の奥地にある柵口温泉 権現荘に到着。

権現荘の先はシャルマン火打スキー場があるだけです。まるで自然と一体化した隠れ家のようです。

 

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この権現荘は、廃校となった小学校校舎を改築し、増築してできた温泉宿です。

どこか面影が感じられる建物ですよね。

 

今回の宿泊はリニューアルオープン記念の「のどぐろ付き謝恩プラン」。

お得すぎてむしろ申し訳ない気分になりながら、能生川に面したお部屋に落ち着きました。

 

窓の外を見ると、静寂な山々と能生川が流れ、とても癒される風景が広がっていました。

 

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一息ついたら、待ちに待った温泉へ。

 

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広々とした内風呂と露天岩風呂がある温泉の湯温はちょうど良くて、40度前後。

熱すぎず、ぬるすぎず、体の芯からじんわり温まることができました。

まるで体がリセットされるような心地よさ!

 

そして、温泉の後に待ち受けていたのは、なんと卓球台!

久しぶりにやってみたのですが、これがまた楽しいのなんの。球に全然当たらなくて!

 

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そして、何と言っても楽しみなのは海の幸と山の幸をふんだんに使った食事!

次々に出てくる料理に、「お腹、もう限界…」と心の中で叫びつつも、結局全部平らげてしまいました。

 

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おいしさに夢中で、気がつけば満腹感と幸福感に包まれていました。

 

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心も体もほっこりのひとときを過ごし、就寝。

 

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翌日、テーブルには食べきれないほどのボリュームたっぷりの朝食が並んでいました。

ご飯のおともがたっぷりあり、ついつい手が止まらない。

定番の焼き魚に、ジューシーな鶏肉料理…どれもこれも美味しくて、ついついおかわり。

 

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窓の外を見ると、謎の豪雨。

「これ、止むかな…?」と心配しながらも、少しだけ期待して待つことに。

雨音を聞きながら、温かいご飯とおかずを味わう幸せな時間を楽しみました。

 

朝食後、ゆったりと温泉に浸かって、心も体もリフレッシュ完了。

やっぱり、温泉って最高ですね。

 

 

帰り支度をして、「ああ、やっぱり天気は残念ながら雨…」と思ったのも束の間、

偶然にも立ち寄った各場所では雨がぱったり止んだりして、思わぬ幸運に恵まれました。

 

権現荘から国道8号線に向かう途中、龍光寺に立ち寄りました。

せっかく近くに来たので、ついでに歴史的な史跡も見ておきたいと思います。

 

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山門にはいくつもの地蔵石が置かれており、階段は苔に覆われ、時の流れを感じさせる趣深い風景です。

 

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龍光寺には荻田氏3代のお墓があります。

荻田氏は、戦国時代の末期から江戸時代初期にかけて、当地域の政治の中枢を担った名家です。

上杉謙信と景勝に仕え、糸魚川城主や高田藩の家老を務めた荻田氏は、当地域の発展に大きく寄与しました。

 

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3基の五輪塔は、中央に龍光寺開基といわれる2代目の主馬(孫十郎長繁)、左に3代目の孫十郎、

右に4代目の隼人のお墓です。

 

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次に立ち寄ったのは、富山県朝日町にある「ヒスイ海岸観光交流拠点施設ヒスイテラス」。

 

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目の前には広大なヒスイ海岸が広がり、海から打ち上げられるヒスイを拾える世界的にも珍しいスポットです。

 

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だけど、今日はちょっとした荒天で波が荒く、残念ながらヒスイを拾うのはお預け…とほほ。

いつか、あの波打ち際から奇跡の一粒を見つけてやるぞー!

 

 

入善町を運転していると、ふと頭に浮かんだのは…そう、確かこの辺りに一等三角点があったはず!と。

その名も「園家山」、標高は17.36m。

 

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駐車場から歩いて3分もかからずに山頂に到着です。

随分前に一度だけ訪れたことがあるのですが、その時の写真が残っているかどうか怪しい…。

ということで今回、再登頂しました!

 

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一等三角点といえば、一般的には高い山の頂上にあるものだと思っていましたが、こんなに低い場所にもあるんですね。

思わず、「どうしてここに?」と首をかしげたくなる、不思議な感覚です。

 

 

これにて温泉旅は終わり。

 

次回は、晴れた日にもう一度訪れて、絶景と美味しい料理を心ゆくまで堪能したいなと思います。

雨の日の宿泊も、それはそれで良い思い出になりました!

 

 

11月1日、金沢検定初級に挑戦 — 不安を乗り越え、見事合格! (2026.01.13)

経理部の松田です。

 

今日は私の金沢検定の受験体験についてお話ししたいと思います。

 

 

▼加賀藩祖前田利家公と正室お松の方を祀る尾山神社

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金沢検定は、金沢に関するさまざまな知識を問う検定で、歴史や文化、経済、産業など、多方面から出題され、

自分の「金沢通」度を測るのにぴったりの試験です。

 

初級、中級、上級の3つのレベルに分かれていて、年に1回実施されています。

試験は四者択一のマークシート方式で、100問出題され、合格基準は80点以上。

 

全国にはいろんなご当地検定がありますが、金沢検定は特に受験者数が多く、人気の高い試験です。

ただ、その分、難易度もトップクラス。

 

 

▼いしかわ赤レンガミュージアム

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私が挑戦したのは、昨年の11月1日に行われた第21回の初級試験です。

 

実は、「金沢検定、ちょっと挑戦してみようかな…」と思ったのが9月の初めのこと。

きっかけは、春に金沢の寺院を何軒か巡ってきたのですが、その歴史の深さに触れて、

「これは勉強してみる価値があるかも」と思ったのです。

 

それからというもの、まずは参考書!と意気込んで本屋へ行ったのですが、なかなか見つからず、

どのお店も在庫切れで「絶版?」と心配になったほど。

でも諦めずに待ち続け、9月15日にふとSNSを見ると、「昨日、新しい参考書が出版された!」とのこと。

これを見て大喜びし、急いで書店へ走り、見事ゲット! やっとの思いで入手できました。

 

 

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勉強期間は約1ヶ月半。

内容はとにかく盛りだくさん! 覚えるべきことが山のようにあって、

最初は「これ全部覚えられるかな…?」と不安になったほどです。

 

計画通りに進めることが難しく、時には焦りや不安にかられることもありました。

昨日覚えたことが翌日にはすっかり忘れてしまっていることもあり、

「本当に合格できるのだろうか」と何度も自問しました。

計画通りに進まないことや、記憶の定着に苦労したことで、正直なところ自信を失いかけた瞬間もありました。

 

特に苦労したのは、人の名前や地名、歴史上の人物たち。

次から次へと出てくる名前に、頭の中がこんがらがってしまい、「誰が誰だったっけ?」と混乱状態に。

もう、頭の中はお祭り騒ぎ状態! 膨大な情報量に頭がパンクしました。

 

それでも、少しずつ復習を重ねて、なんとか理解を深めていきました。

振り返れば、大変だったけれど、その分だけ達成感もひとしお。

 

 

▼加賀八家・旧本多家住宅長屋門と松風閣庭園

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合格できるかドキドキしながら試験当日を迎えました。

試験中は緊張しながらも、最善を尽くすことに集中。

 

しかし、実際に試験を受けてみると、予想以上に難易度が高くて、答えに迷う問題もいくつかあり、

さらに、参考書に掲載されていない問題も出てきて、事前の準備だけでは対応しきれない部分もありました。

 

11月18日に合格発表があり、結果はなんと…無事に合格!

自分でも驚きと喜びでいっぱいです。

 

今回の試験結果は、初級受験者1206名、合格者69名、合格率はわずか5.7%と非常に低く、難易度の高さを実感しました。

 

 

▼金沢市指定保存建造物の旧中村邸

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後日、合格証書と合格バッジが届きました。

何より嬉しかったのは、合格者には金沢市の文化施設を1年間無料で観覧できるパスポートがプレゼントされたことです。

 

このパスポートを使って、実際に現地で学びながら、金沢の魅力をもっと深く体感したいと思います。

これからの楽しみがますます広がります!

 

 

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金沢の歴史や文化、観光スポットについて深く学べるこの検定は、私にとって非常に意義のある挑戦でした。

今回の経験を通じて、金沢についての理解が深まっただけでなく、自分の学習方法や準備の仕方についても

見直す良い機会となりました。

次回はさらにしっかりと準備をして、中級試験に挑戦したいと思います。

 

今回、中級・上級ともに合格者0人という結果でしたので、かなりの難関ですが、

これからも学び続けて、より良い自分を目指していきたいと思います。

 

 

▼城下まち金沢周遊バス

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▼世界的科学者・高峰譲吉(右)と天文学者・木村栄(左)の銅像

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皆さんもぜひ、金沢の魅力を深く知るために挑戦してみてはいかがでしょうか。

 

 

国宝松本城見学へ―早朝の訪問で味わう絶景と歴史の魅力 (2026.01.06)

経理部の松田です。

 

明けましておめでとうございます!

旧年中はご愛顧いただき誠にありがとうございました。

本年も皆さまにとって素敵な1年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

それでは、昨年のブログのつづきです。

ゴールデンウィーク3日目は長野県の誇る名城、松本城を訪れてきました。

現存する5重6階の天守としては日本最古の城で、国宝に指定されています。

 

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人気のスポットだけあって、朝早く道の駅を出発し、松本城の近くにある駐車場へと向かいました。

ちなみに前日は何度も利用している塩尻市の道の駅 小坂田公園で車中泊しました。

 

到着したのはまだ開門前の時間だったため、お城の周辺は静かで、澄んだ空気の中、

城の壮麗な姿をじっくりと眺めることができました。

 

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北アルプスの山々を背景として、漆黒の天守を水面に映す姿は、実に美しい。

 

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開門前に入場列に並び、少し待つだけで城内に入ることができました。

 

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「黒門」は本丸へ続く重要な門です。

 

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松本城の最大の魅力は、どの角度から見ても素晴らしいその姿。

黒と白のコントラストが映える天守閣は、遠くから見ても近くから見ても、息をのむほどの迫力があります。

特に、早朝の静かな時間帯に見ると、その重厚な佇まいと歴史の重みを感じながら、心が引き締まりました。

 

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天守閣の中も見学し、城の歴史や構造について学ぶことができました。

 

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階段が狭いため、上り下りで待ち時間が発生することも。

 

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鉄砲を打つ鉄砲狭間

 

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こちらは御座所。

城主は天守の最上階ではなく、4階に座を構えたと考えられています。

 

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天守の天井には「二十六夜神」という月の神様が祀られています。

女神様からお告げを聞き、祀りはじめたという伝説が残っているようです。

 

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天守最上階からは本丸庭園や松本市街の景色が楽しめました。

 

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江戸時代に増築された辰巳附櫓。

 

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月見櫓は舞良戸を外すと三方が吹き抜けになる設計。

 

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ゆっくりと見て廻って天守閣の外へ。

 

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下から眺める天守閣、かっこいい!

 

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この時すでに天守閣への入場は2時間待ち。松本城の長すぎる列に驚愕です!

それにしても、ただ者じゃない人気ぶりを物語っていますね。

 

ここに松本城の歴史を支えた2人の英雄、市川量造氏と小林有也氏の碑があります。

 

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美しい天守閣と歴史的価値から人気のある松本城ですが、廃藩置県後、松本城はその役割を終え、

不要となったために競売にかけられ、ついには取り壊される危機に瀕していました。

そんな危機的状況を憂い、城の保存に命を懸けて尽力したのが、市川量造氏と小林有也氏です。

 

彼らは、天守閣の買戻しに奔走し、その結果、松本城の貴重な天守を守り抜いたのです。

その功績を称え、松本城天守保存に大きく貢献した2人の遺志を今に伝えるための碑が建立されています。

2人の偉業は、私たちにとって文化財を守ることの意義と、地域の誇りを再認識させてくれる貴重な証。

城の歴史とともに心に刻まれる大切なメッセージです。

 

 

天守閣を堪能した後は、いったん街の散策へと繰り出しました。

 

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まず目に入ったのは、江戸時代末期の旧町名を記した標柱。

 

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そして、次にやってきたのは、カエルがモチーフとなっている「なわて通り」。

あちこちにカエルの置物や看板が多数あり、これぞ松本の癒やしスポットと確信しました。

 

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途中、四柱神社に足を運び、静かに参拝。

 

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境内にいたハトが人懐っこくて、子供の肩や頭の上に乗ったりしてました。

 

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なわて通りを進むと見えてくるのが、松本市旧市役所跡。

今は旧市役所を模したレトロな市営住宅が建っています。

 

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昼食は四柱神社の横にある老舗蕎麦屋「こばやし」で、迷わず天ぷら蕎麦を注文。

 

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サクサクの天ぷらと、コシのある蕎麦の絶妙なハーモニーに、思わず笑みがこぼれました。

香ばしい天ぷらの衣と、しっかりとした蕎麦の風味が口の中いっぱいに広がり、これぞまさに至福の味わい。

大きめのだし巻き卵も食べ応え抜群で、ふんわりとした優しい味わいで絶品でした。

 

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食後は、歴史と風情が息づく蔵の街・中町をゆったりと散策。

木造の蔵や古い町屋が並ぶ風景は、まるでタイムスリップしたかのよう。

 

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特に面白かったのは、道のそこかしこに点在していた古い井戸たち。

静かに佇む井戸には、何故かほっと心が落ち着く不思議な魅力がありますね。

 

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「若がえりの水」しっかり飲んでおきました。

 

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散策を進めながら、古い井戸を写真に収めたり、ちょっと覗き込んでみたり。

ふと、「この井戸は昔の人々の生活を支えた大切な場所だったんだろうな」と感慨深く思いました。

 

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ふたたび松本城に向かう途中で立ち寄ったのは、長い歴史を誇る老舗味噌屋の「萬年屋」。

多くの芸能人も訪れているようで、松重豊さんの写真も飾られており、「これは間違いない!」と思い、

逸品の味噌をゲットしてきました!

 

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二の丸御殿の入口にある「太鼓門」へ。

 

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太鼓門のすぐ横にある総量約22.5tの巨石は、松本城を築城した石川玄蕃守康長が運ばせたことにちなんで、

「玄蕃石(げんばいし)」と呼ばれています。

 

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二の丸御殿跡

 

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お堀を撮影

 

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松本城の見学を終え、次に向かったのは歴史と文化の宝庫「旧開智学校校舎」。

歩いてわずか10分の距離に位置し、ふらっと立ち寄るのにぴったりのスポットです。

 

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この建物は明治9年に地元の大工棟梁・立石清重さんの手によって建てられたもので、

日本でも最も古い小学校校舎のひとつとされており、国宝に指定されています。

 

特に注目は、「擬洋風建築」と呼ばれる洋風と和風を融合させたその独特なデザイン。

外観はまるで洋館のようで、天使や龍などの精巧な彫刻も見どころのひとつです。

 

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館内には、当時実際に使われていた机や椅子、教科書などの貴重な展示品が並び、

明治時代の教育現場の様子をリアルに感じ取ることができました。

 

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さらに、ステンドグラスの窓ガラスは海外から輸入されたもので、当時の先進的な技術や美意識も垣間見えます。

 

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歴史好きはもちろん、洗練された洋風建築の美しさに興味がある方も必見のスポットです。

 

 

旧開智学校校舎横の愛らしい「旧司祭館」も見逃せません!

まるで童話の中に出てくるような可愛らしい佇まいが魅力の建物です。

 

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この建物は、アーリーアメリカン風のデザインを取り入れており、ペパーミント色の壁面がとってもキュート。

建物の中も無料で見学でき、当時の文化交流や建築の流行が垣間見れて、異国の空気を感じるひとときでした。

 

 

ということで、旅の締めくくりはやっぱりアイス!

 

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松本の街歩きは、歴史とユーモアとグルメが絶妙に融合した、とっても楽しい時間となりました。

多くの観光客で賑わいを見せている松本城ですが、早朝の訪問ならではの静かな時間と、城の荘厳な美しさを

存分に楽しむことができました。

 

 

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特別展「ひと、能登、アート。」1万人目の入場者に!まさかのサプライズ。 (2025.12.24)

経理部の松田です。

 

11月末、石川県立美術館で開催された能登復興支援の特別展「ひと、能登、アート。」を見に行ってきました。

この特別展には、東京国立博物館をはじめ、全国の美術館が所蔵する貴重な絵画や屏風図などが数多く出展されています。

 

どれも細やかな技術と深い思いが込められており、見ているだけで心が豊かになりました。

 

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私のお目当ては尾形光琳の「風神雷神図屏風」でしたが、

ほかには、黒田清輝の「湖畔」や菱川師宣の「見返り美人図」、

そして七尾出身の画聖 長谷川等伯の作品「牧馬図屏風」や「烏鷺図屏風」など、

誰もが知っている名作がずらり。

 

いずれも国の重要文化財に指定されているもので、その歴史的価値と美しさに圧倒されました。

 

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そして、なんと私が会場に入った際、ちょうど1万人目の入場者だったというラッキーな出来事も!

 

何気なく会場に入った瞬間、スタッフの方から「1万人目のお客様です!」と声をかけられ、

「1万人達成!」と書かれたボードを手渡されました。

 

思わず「えっ、私ですか?」と2度見。

なんと、私がその記念すべき╲1万人目/だったんです。

 

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まるで、宝くじに当たったかのようなビッグニュース!

記念品もいただいて、思わず笑顔。

 

北國新聞社の記者からのインタビューもあり、

翌日の北國新聞に掲載された記事を見て、恥ずかしさとともに嬉しさが入り混じる気持ちになりました。

 

 

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こんな経験、一生ないと思っていたので、私にとって貴重な思い出となっています。

 

 

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この展覧会を通じて、日本の文化の豊かさを改めて感じることができました。

芸術を通じて地域の復興や伝統の継承に触れる貴重な機会を得られたことに、心から感謝しています。

 

 

【恵林寺訪問記】歴史と静寂に包まれた武田信玄の菩提寺 (2025.12.15)

経理部の松田です。

 

乾徳山登山の後、戦国最強と呼ばれた武将・武田信玄の菩提寺である「恵林寺(えりんじ)」を訪れました。

 

 

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恵林寺は山梨県甲州市塩山にあり、1330年(元徳2)に禅僧の夢窓国師こと夢窓疎石(むそうそせき)が開山した由緒あるお寺です。

夢窓国師は、鎌倉時代から室町時代にかけて活躍された高僧。

7度にわたり歴代天皇から国師号を賜与され、七朝帝師とも称されている偉大な方です。

 

 

恵林寺の駐車場からは先ほど登った乾徳山が見えました。

夢窓国師は乾徳山の山中で座禅修行を積んでいました。ちなみに恵林寺の山号は乾徳山です。

 

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境内に足を踏み入れると、登山の疲れも吹き飛ぶ、静かで荘厳な空間。

最初に目を引くのは、堂々と掲げられた武田菱の紋章。

この武田菱の紋は、恵林寺の本堂や門など、境内の各所に施されており、歴史の深さと武田家の栄華を感じることができました。

 

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武田信玄は、戦国時代の名将として知られていますが、信仰心も厚く、恵林寺を自らの菩提寺と定めました。

しかし信玄亡き後、武田氏は滅亡。恵林寺は織田信長に焼き討ちにされ焼失しますが、再び徳川家康によって再建されました。

 

 

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庫裡の中に入ると、ふと目に留まったのが「風林火山」の文字。

 

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武田信玄の旗印としても有名なこの言葉は、戦略の極意を表す言葉であり、武田信玄の深い思考と精神性を象徴していますよね。

現代を生きる私たちにも通じるメッセージが込められているようで、心が引き締まる思いです。

 

 

本堂内は撮影できませんが、ご本尊の釈迦如来が安置されていました。

 

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本堂の正面に見えるのが枯山水式の庭園です。

禅僧としての功績の他、作庭家としても名高い夢窓国師によって手掛けられました。

夢窓国師は京都の世界遺産にも登録されている天龍寺や西芳寺(苔寺)など、多くの名園を作庭されています。

 

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アーチ式の橋を渡ると明王殿。ここからは撮影禁止。

うぐいす廊下を歩いていくと、等身大の信玄の姿を摸刻させたという「武田不動尊」が安置されていました。

 

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本堂の裏側に広がる恵林寺庭園は夢窓国師が作庭したもの。国指定名勝です。

 

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この庭園を眺めながら、夢窓国師の遺した美意識や禅の精神を感じることができるのも、恵林寺の魅力ですね。

しばらくの間、時の流れを忘れて静寂と向き合いました。

 

 

境内を散策。

こちらは県の重要文化財に指定されている「三門」

 

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戦国時代の荒波の中、数多くの寺院や城が戦火に巻き込まれ、その歴史を刻んできました。

恵林寺も例外ではなく、恵林寺の象徴ともいえるこの三門は織田信長による焼き討ちを受けた悲劇の歴史を持っています。

 

 

三門には快川国師の遺偈が掲げられています。

 

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「安禅は必しも山水をもちいず、心頭滅却すれば火も自ら涼し」

炎上する三門楼上で快川国師が唱えた名言です。

 

1564年(永禄7)に武田信玄は快川国師を住職として迎え、恵林寺を自身の廟所と定めました。

快川国師は、信玄にとって参禅の師であり、心の平静と精神修養を深める上で重要な役割を果たした名僧でした。

 

戦国の動乱の中、53歳で亡くなった信玄。

遺言により3年間信玄の死を隠した後、嫡男武田勝頼のもと快川国師が大導師となって葬儀が行われました。

しかし1582年(天正10)3月、勝頼は時運を味方につけることができず天目山で自刃し、武田氏は滅亡。

同年4月3日、恵林寺は敵を密かにかくまい逃れさせたとして、織田信長による火攻めに遭い全山焼失しました。

その際、快川国師をはじめ、百人以上ともいわれる僧侶等が三門楼上で火に包まれました。

 

 

三門脇に供養塔がありました。快川国師を偲ぶ唯一の遺構です。

 

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同年6月3日に本能寺の変によって信長が討たれた後、徳川家康の手により恵林寺は復興され、

現在ではその歴史的価値とともに、武田信玄と快川国師の精神の象徴として、多くの参拝者が訪れています。

 

 

三門をくぐって正面に見えるのが開山堂。

 

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訪れた日は扉が閉まっていたので拝見できませんでしたが、夢窓疎石、快川紹喜、末宗瑞曷の三像が安置されています。

末宗瑞曷は快川国師の弟子。家康が末宗瑞曷を招き、恵林寺を再興させました。

 

 

三重塔。納骨堂のようです。

 

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燈籠の先に武田信玄公墓所があります。1573年4月12日に53歳で亡くなった信玄公はここに眠っています。

毎月12日に限り一般公開されるため、見ることができませんでした。

 

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歴史の舞台に名を刻んだ武田信玄公の墓所は、多くの人々にとって敬慕と崇敬の対象。

私もいつか、信玄公の墓所をこの目で見て、その歴史の重みを感じてみたいと願っています。

 

恵林寺には、信玄と同じく甲斐出身の柳沢吉保の墓所もあります。

江戸幕府5代将軍 徳川綱吉の側用人だった柳沢吉保は、政治・経済の発展に大きな役割を果たした人物です。

柳沢吉保は甲斐国主となった後、恵林寺を庇護し、その寺運を大きく発展させました。

 

 

最後に信玄公宝物館も見てきました。

信玄が使用していた武具甲冑や武田軍旗「孫子の旗」、武田氏の歴史を物語る貴重な資料も所蔵されていて、

歴史好きにはたまらないスポットでした。

 

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山登りで自然の偉大さを実感した後は、歴史の重みと静寂に包まれる恵林寺で心を整えるのも、また一興。

次回は、信玄ゆかりの地を巡りながら、その偉大な足跡をたどってみたいと思います。

 

なんだか、山梨の名物「ほうとう」が恋しくなってきました。

 

 

【乾徳山登山】富士山の絶景と垂直の岩壁を登るスリル満点登山 (2025.12.08)

経理部の松田です。

 

皆さん、お元気ですか?

しばらくブログの更新が滞ってしまいましたが、その理由をちょっとだけお話させていただくと…

 

実は、11月1日に行われた「金沢検定」に向けて勉強に励んでいました。

歴史や文化、産業について深く学びながら、自分自身の知識も少しずつ広がっているのを実感しています。

この検定は、自分にとって新しい挑戦であり、これまでの努力を試す良い機会となりました。

勉強に集中していたおかげで、ブログの更新は少しお休みしていましたが、

その分、新たなエネルギーをたっぷりと蓄えることができました。

 

毎回ブログを楽しみにしてくれている皆さま、本当にありがとうございます。

これからまた、色々なことをシェアしていきたいと思いますので、どうぞお楽しみに!

 

それでは、大変お待たせいたしました。

ようやく前回のつづきです。

 

 

5月の連休2日目は、山梨県の奥秩父山域にある乾徳山(けんとくさん)に登ってきました。

標高は2031mで、日本二百名山。

森林、草原、岩場と変化に富んだ山歩きが楽しめ、山頂からの大展望が魅力の山です。

 

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前日に高島城見学と城門移築巡りをした後、山梨市方面へと車を走らせ、乾徳公園駐車場へ向かいました。

 

翌朝、登山者用無料駐車場を出発。

乾徳山は人気のある山なので、駐車場が混まないうちにと思って前夜入りしたのですが、割と空きがありました。

 

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徳和川を渡って左へ。案内に従って林道を進むこと30分。

まずは登山道入口までのガタガタ林道歩きが一つの試練でした。

 

ここから登山道へ。

 

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山頂までの標高差は約1,200mあり、登り4時間の道のりは、まさに「忍耐と努力の時間」。

途中、息が上がりすぎて「もう山の神様にお願いしようか」と思った瞬間もありましたが、そこはやはり登山の醍醐味。

頂上からの絶景を思い浮かべながら、一歩一歩、確実に登り続けました。

 

深い杉林の中は静寂に包まれています。

葉の間から差し込む光が限られるため、林の中は薄暗く、「早く抜け出したい」という気持ちが湧いてきます。

 

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やがて、緑豊かな新緑の木々の中へ。

 

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木々の間から差し込む光が、まるで自然のスポットライトのよう。

心も体もリフレッシュされる瞬間です。

 

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次に現れるのは、大小さまざまな石がゴロゴロと積み重なった道。

石の表面は風雨にさらされて、小さな草や苔が生え、自然の時間の流れを感じさせてくれます。

 

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しばらく歩くと、水場がありました。

冷たくて生き返りました。

 

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登山道は一旦平坦に。

苔や落ち葉がふかふかと広がり、歩くたびに自然の温もりが感じられて気持ちが良いです。

木々の間からは山頂方面が見えました。

 

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避難小屋が建つ国師ケ原の分岐に到着。ぐるりと周回して降りてくることができます。

 

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視線を右へ向けると鹿の親子がいました。

 

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国師ケ原の分岐を越えると斜度が増してきました。

道中には、麓にある恵林寺を開山した夢窓国師が修行したと見られる跡が見られます。

 

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恵林寺はのちに武田信玄の菩提寺となったお寺です。

下山後、恵林寺にも寄ってきたので、後日、ブログでお伝えしたいと思います。

 

森を抜けると景色は一変して、開放的な草原地帯へ。

 

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振り返れば、山々の稜線を背景に堂々とそびえる富士山の姿。

晴天のおかげで、雪を冠した富士山の白さが一層映えて、とても美しいです。

 

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ここは扇平。

木々の緑から一転、黄金色の草が風に揺れ、心が解き放たれるような開放感が気持ち良かったです。

 

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自然の偉大さと美しさに圧倒され、登山の疲れも一瞬で吹き飛びました。

 

扇平から先は再び樹林帯に入り、急な岩場が続きます。

 

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高度が上がるにつれてハシゴやクサリ場が出てきました。

 

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実はこの時、五十肩を発症していて、痛みが最もひどい状態でした。

肩の痛みが原因で登頂が難しい場合は、無理をせずに途中で引き返すつもりでした。

 

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いざ、鎖を掴んで登ってみると、肩への負担もなく、無事に登れたので、山頂目指して進みます。

 

岩の隙間を通ってみたら、この先は崖になっていました。

 

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次に現れたのが髭剃岩。奇岩続出です!

 

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登山道は多彩な景色とアドベンチャー要素が満載で、まるで自然のアスレチックのよう。

 

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カミナリ岩

 

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胎内に到着。

岩の下を縫うように進む道は、まるで自然が作り出した迷路です。

 

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ついに最後の関門、鳳岩(おおとりいわ)に到着。

 

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乾徳山といえば、この山頂直下にそびえる巨大な岩壁が有名です。

高さ約20メートルの垂直岩壁。実際に目の前で巨岩を見ると、その迫力に興奮しました。

 

どうやって登るのか、前を行く登山者を観察。

 

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いざ、挑戦! 心臓がドキドキ。

割れ目(クラック)に足掛かりを見つけながら、慎重に岩壁に挑みました。

しかし、割れ目が狭くて、ひたすら腕力で登った感じです。

 

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下を覗くとこんな感じ。

 

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実際に登ってみると、下からみるほどの恐怖感はなく、とても楽しかったです!

迂回路への選択肢もあったのですが、冒険することでスリルと達成感が味わえました。

 

乾徳山山頂は岩が積み重なり、石祠が祀られていました。

 

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登りきった山頂からは、南アルプスや八ヶ岳連峰、富士山まで見渡せる絶景が広がります。

風も心地よく、自然の雄大さを肌で感じながらの休憩は格別でした。

 

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下山は鳳岩の迂回路を通って降ります。迂回路もハシゴがあるなかなかの道でした。

 

カミナリ岩を下ります。全然怖くない!

 

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扇平まで戻ってきました。とても気持ちの良いところです。

 

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再び、壮大な富士山の絶景に感動!

 

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ここで乾徳山山頂と富士山の姿にお別れし、樹林帯へ。

 

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避難小屋の高原ヒュッテに寄ってみました。中はとても綺麗でした。

 

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下山は足への負担が大きく、だんだんと疲れもたまってきました。

ひたすら下って登山口に下山。

 

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しかし最後に待ってたのは、駐車場までの舗装路歩きの試練。これが一番きつかった。

クッション性ゼロの硬い道は、まさに足の悲劇の舞台!

「痛い!痛い!」と悲鳴をあげながら、やっとこさ駐車場にたどり着きました。舗装路歩きは勘弁してくれ!

 

 

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乾徳山は、絶景とスリル満点の山でした。

特に山頂から見下ろすパノラマビューは、まさに絶景の極み。

登山の途中には、ちょっとした危険と驚きもありましたが、それこそが乾徳山の醍醐味。

挑戦する価値がある山だからこそ、達成感もひとしおです。

 

 

それでは、次の冒険もお楽しみに!

 

 

 

 

諏訪市の高島城見学と城門移築探訪!歴史の名残を見つけながら楽しむ寺院巡り (2025.08.25)

経理部の松田です。

 

5月の連休に、長野県と山梨県へ出かけてきました。

出かけた目的は登山なのですが、登山口までは遠いので、1日目は移動日とし、2日目に登山をしてきました。

そして予定していなかった3日目に松本城を見学。

この3日間、私にとってはいずれも思い出に残る内容の濃いものだったので、ブログを3回に分けてお伝えします。

 

 

1日目は諏訪市の高島城見学と城門移築探訪です。

 

糸魚川ICで高速を降り、山道を進むと、車窓から見える風景は次第に変わっていき、遠くに見える山々のシルエットや、

木々の緑が広がる景色に心が和みます。

やがて視界が一気に開け、目の前に白馬連峰の山並みがドーンと姿を現す。

この瞬間は何度見ても、言葉を失うほど感動します。

 

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雪を頂く山々は雄大で、空とのコントラストが見事。

その迫力と美しさに圧倒され、車を少し止めて景色を楽しみました。

 

白馬連峰の圧倒的な美しさよ!

 

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さらに絶景の連鎖は続き、安曇野に向けて車を進めていると、鹿島槍ヶ岳や常念岳といった名峰が目に飛び込んできて、

壮大な山並みに視線が釘付けになりました。

 

 

さて本題へ。

ところで、皆さんは、古い城門が今もなお、お寺の境内に残っているのをご存知ですか?

 

実は、戦国時代や江戸時代の城門が、時を経て寺院に移築されているケースが多くあります。

その理由としては、戦国時代や江戸時代の城は、戦や火災で多くが失われましたが、

その城門や門柱は丈夫で立派なものであったため、時代を超えて別の場所で再利用されることが多かったのです。

特に、寺院の境内に移築されるケースが多く、歴史の名残を感じさせる貴重な遺構となっています。

 

古い石垣や門柱には、戦国時代の風格や当時の技術が感じられ、歴史好きにはたまらない発見があり、とてもワクワクします。

 

 

そういうわけで最初に訪れたのは長野県塩尻市にある「常光寺」。

松本から塩尻に続く山麓線沿いにあります。

 

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常光寺は牡丹の花が有名なお寺だそうで、

訪れた時は、数輪の花が咲き始めたばかりの様子で花びらが陽光に映えてとても華やかでした。

 

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こちらの山門が高島城から移築された城門です。

明治維新後、高島城が廃城になった際に「御殿門」が移築されました。

 

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山門の前には一休さん。

 

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境内には七福神や三猿など、さまざまな石像と置物などが安置されていて賑やかな境内でした。

 

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常光寺が建つ丘陵地からの景色がとても綺麗で、思わず車を止めて写真を撮りました。

 

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お次は諏訪市にある「温泉寺」へ。

 

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こちらが高島城から移築された城門です。しかし城内のどこにあった門かは不明とのこと。

重厚な木造の門は、時代を超えた風格を漂わせていました。

 

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また高島城にあった能舞台もこちらに移築されており、本堂として使用されています。

 

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城門の佇まいと周囲の静かな境内が調和して、とても落ち着く場所でした。

 

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織田信長が略奪したとされる梵鐘

 

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武田領へ攻め入った織田軍が下伊那郡の安養寺の梵鐘を奪い、上諏訪まで引きずってきて捨てていったものを

諏訪家が温泉寺を創建した際に寺の梵鐘としたそうです。

梵鐘には引きずられてきた跡が見えます。

 

 

境内にある多宝塔です。

 

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塔の中には、高島藩主忠恒が再造した鉄塔が奉納されています。

鉄塔は弘法大師が建てましたが、腐朽したため源頼朝が再興し、それを忠恒が石造で再造したものです。

塔の中を拝見することはできませんでした。

 

温泉寺は諏訪を治めた高島藩諏訪家の菩提寺です。

境内の奥へ進むと、歴代の諏訪高島藩主の墓所(国指定史跡)がありました。

 

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中央の御霊屋は温泉寺を創建した2代藩主・諏訪忠恒のお墓、その周りに3代~8代藩主のお墓が並んでいます。

 

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静かに佇む墓石の数々は、先人たちの時代背景や、その時代の人々の思いを想像させてくれます。

 

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参道には樹齢約320年のしだれ桜が咲いていました。

「忠恒桜」の名がついたこの桜は諏訪忠恒が大坂夏の陣に出陣した際に持ち帰って植えたものだそうです。

 

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温泉寺には平安時代の歌人・和泉式部のお墓もありました。

 

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城門のほかに思わぬ史跡もあって、とても楽しめました。

 

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高島城へ。

 

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諏訪市役所の駐車場に駐車しました。無料です。

市役所がある場所はかつての南の丸跡。南の丸は高島藩が江戸幕府の罪人を預かった場所です。

この駐車場の一角に徳川家康の6男・松平忠輝の祠がありました。

 

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忠輝は家康に勘当されて諏訪へ流刑され、高島城南の丸で過ごしました。

 

祠の前の参道橋は「諏訪鉄平石」の一枚岩です。

説明書きには、霧ヶ峰周辺で産出された石を諏訪鉄平石と言い、鉄のように固く平らであることが名前の由来と書かれていました。

 

 

天守閣を見学。現在の天守閣は昭和45年に復興されたものです。

 

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慶長3年(1598)に豊臣秀吉の家臣・日根野織部正高吉により築城され、諏訪氏の居城として270年間、その威容を誇ってきました。

お城は諏訪湖の湖水に囲まれ、「諏訪の浮城」と呼ばれていたそうです。

 

明治8年(1875)に廃藩置県により天守閣は撤去。しかし、市民の熱意によって昭和45年(1970)に高島城は復興されました。

 

 

1・2階は郷土や高島城の資料室、3階は展望室になっています。

 

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昔、お城は諏訪湖に面していたので、難攻不落のお城だったようです。

 

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南へ目を向ければ富士山の姿が!

 

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城内は「高島公園」として開放され、市民の憩いの場となっています。

 

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八重桜が咲いていました。

 

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冠木門

 

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冠木橋から見た景観がこちら。

 

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ここは川渡門跡で、現在は三の丸にあった御殿の裏門が移築されています。

昔はここから舟に乗って湖へ出ていました。

 

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多門跡

 

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諏訪家の家紋「梶の葉」

 

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本日最後に訪れたのは茅野市にある「宗湖寺」

宗湖寺は高島藩初代藩主・諏訪頼水の父・諏訪頼忠の菩提所です。

 

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こちらの山門は高島城三の丸御門が移築されています。

 

明治天皇が巡幸でこちらに訪れた際に、この井戸水でお茶を出しておもてなしをしたそうです。

 

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お寺の奥の方に公園らしきものが見えたので行ってみると、木落し公園がありました。

諏訪大社の御柱祭で、御柱を坂の上から下へ滑り落とす「木落し」が行われる場所です。

 

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御柱祭は、7年に一度、寅と申の年に行われる1200年続く伝統神事。御柱に使われるのはモミの大木だけだそうです。

 

見晴らしのよい丘陵地にあり、鉄橋の右先は茅野駅です。

 

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これにて本日の城門探訪は終了。

城門が移築された寺院巡りは、歴史の宝探しのような楽しさがあります。

移築された城門は、ただの遺構としてだけでなく、その場所の歴史や背景を知るきっかけにもなり、

案内板や資料を読むことで、当時の城の役割や戦いの様子、移築された経緯などを学ぶことができ、歴史への理解が深まります。

私は、福知山城や田辺城、飯山城の城門の移築先も訪れているので、いつの日かご紹介できればと思います。

 

 

国道20号線を韮崎方面に向けて進んでいると見えてくるのが「七里岩」

延々に続くこの断崖は、八ヶ岳の山体崩壊による岩屑なだれによってできたものです。

 

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自然が生み出したこの景観、いつ見ても凄いです!

 

崖上の台地には、甲斐国の武将・武田勝頼が築城した新府城がありますよね。

随分前に訪れていますが、また行ってみたくなりました。

 

そして、徐々に視界に入ってきたのは富士山の壮大な姿!

久しぶりの富士山、その姿はやはり圧巻です。

 

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雪をまとった富士山の頂。空の青と雪の白、そして山の深い緑が織りなすコントラストが心に響き渡りました。

 

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運転しながらも、目はひたすらに富士山に釘付け。

窓越しに見えるこの絶景は、日常の喧騒を忘れさせてくれる特別な瞬間でした。

 

 

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2日目につづく。

 

 

 

 

 

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