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奈良の歴史散策 ―古墳と戦国武将の墓所巡り― (2026.03.14)

経理部の松田です。

 

法隆寺の歴史探検を終えた後、次なる冒険は藤ノ木古墳へ!

 

その前に、まずはお腹を満たすために一息ついて食事を楽しみました。

参道沿いのお店で、梅うどんを注文。

 

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藤ノ木古墳は法隆寺からほど近い場所にあり、国の史跡に指定されています。

6世紀後半に築かれた直径約50m、高さ約9mの円墳です。

 

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古墳の中央には全長14mの横穴式石室があり、その中に巨大な石棺が安置されています。

石棺はくりぬき式の家形石棺で、2人の人物が葬られていたそうです。

 

発見された副葬品も非常に貴重で、藤ノ木古墳の名は一躍有名になりました。

 

石室の入口に窓がついていて内部を覗き見できるのですが……うーん、薄暗すぎて、よく見えませんでした。

それでも、古代のロマンを感じさせるこの古墳は、歴史好きにはたまらないスポットです。

 

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法隆寺を訪れる際には、ぜひとも藤ノ木古墳も見てみてください。

 

 

次に向かうのは、王寺町にある達磨信仰の発祥地、達磨寺です!

このお寺には、ちょっと面白い伝説がたくさん伝わっていて、まさに聖徳太子ゆかりの聖地です。

 

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その中でも特に注目なのは、なんと聖徳太子の愛犬「雪丸」の石像!

 

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伝説によると、雪丸は人の言葉を理解し、お経まで読むことができたとか! 賢いですね。

 

雪丸のふっくらとした愛らしい姿は、見ているだけで思わず笑みがこぼれます。

 

 

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達磨寺の本堂は、達磨大師の墓と伝えられる古墳の上に建てられています。

この場所には、聖徳太子が飢人を助け、厚く葬ったという説話が「日本書紀」に記されており、

その物語がこの寺の由来となっています。

 

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その飢人は、のちの達磨大師の化身だったと考えられるようになり、これが、今も伝わる達磨寺の起源です。

 

現在の本堂の下には「達磨寺3号墳」と呼ばれる古墳時代後期の円墳があり、

その上に鎌倉時代にお堂が建てられました。

 

長い時代を超えて人々の信仰が息づいているんですね。

 

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境内には、片岡八郎と春利のお墓があります。

 

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片岡八郎は、王寺の出身で、南北朝時代に活躍した人物です。

彼は、後醍醐天皇の皇子・大塔宮護良親王の忠実な家臣の一人として知られています。

 

天皇と大塔宮は鎌倉幕府を倒すため計画を進めていましたが失敗に終わり、

大塔宮が熊野へ逃げ延びる際に片岡八郎はお供し、大塔宮を守って十津川で戦死しました。

 

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片岡春利は戦国時代末期の片岡城の城主で、筒井順慶の妹婿です。

片岡城は松永久秀によって攻められ、一時城を乗っ取られたものの、春利は奮戦を重ねて奪い返したそうです。

 

 

そして驚くことに、その片岡春利のお墓の隣には、あの松永久秀のお墓もあるんです。

 

 

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お墓を建てたのは大和を巡る争いの中でライバル関係にあった筒井順慶です。

 

戦国時代の「最大の悪人」とも呼ばれた松永久秀。

将軍・足利義輝の暗殺、東大寺の焼き討ち、さらに織田信長に対する謀反など、

数多くの壮絶な事件を引き起こした人物です。

実は達磨寺も、松永久秀によって一度焼き払われているんです。

 

信貴山城の戦いで、織田軍の攻撃を受けた久秀は自害し、その遺体を筒井順慶が達磨寺に葬ったといわれています。

 

戦国の激動の時代に、敵対しながらも同じ場所に眠る武将たち。

さまざまな思いが交錯し、なんだか複雑な気持ちになりますね。

 

 

雪丸は王寺町の人気マスコットキャラクターですよ。

 

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達磨寺、訪れる価値大アリです!

犬好きさんも、歴史好きさんも、きっと楽しめるはずですよ!

 

 

次に訪れたのは、郡山市にある筒井順慶の墓所です。

近鉄橿原線の平端駅から近く、少し狭い道路を進んだ先にありました。

 

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36歳という若さで病死した順慶。

織田信長の後援により、宿敵・松永久秀を破り、大和の統一を成し遂げ、郡山城を築きました。

 

本能寺の変後、明智光秀から味方になるよう誘われましたが、順慶は静観の態度を崩さず、

その信念を貫き通しました。

光秀の死後、順慶は羽柴秀吉の家臣となります。

 

年末のためか、入口の扉は施錠されていて、内部に入ることはできませんでした。残念…

 

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最近は墓所の記事が多くなってしまっていますが、歴史の足跡をたどる旅の中で、

どうしても戦国武将の墓所巡りは欠かせません。

それだけ、私には彼らの生き様や時代背景を感じることができる大切な場所なんです。

 

これからも、時代に思いを馳せながら、そんな場所に足を運びたいと思います。

 

 

奈良の街を車で回っていると、幹線道路から一本入った住宅街の道は車一台分の狭い道幅で、

すれ違いは難しく、対向車が来ないかとヒヤヒヤしながら運転しました。

 

さて、次は東大寺に向かいます。

つづく…

 

 

世界最古の木造建築に会いに、法隆寺へ! (2026.02.28)

経理部の松田です。

 

奈良旅2日目は、世界最古の木造建築と称される法隆寺へ。

 

法隆寺の創建は607年。その長い歴史は約1400年以上にわたります。

聖徳太子ゆかりのお寺としても知られ、歴史の重みと神秘さがひしひしと伝わってきました。

 

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参道は美しい松並木になっており、歩いているだけで心が静まるような心地よさがあります。

 

参道を抜けると、壮麗な南大門(国宝)が迎えてくれました。

朝の清々しい空気の中、その荘厳な佇まいに目を奪われながら、いよいよ境内へと足を踏み入れます。

 

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拝観時間は8時からなので、早朝の静寂とともに、歴史の深さを感じながらゆったりと見学を楽しむことができました。

 

南大門をくぐると、法隆寺の神秘的な雰囲気と荘厳な佇まいに思わず見入ってしまい、

しばらくの間、動けなくなるほどの感動に包まれました。

 

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修学旅行で法隆寺に行ったことも、正直なところあまり記憶に残っていません。

でも、大人になってから改めて訪れると、その歴史の深さや美しさを心から楽しめることに気づきました。

あの頃はただの遠足だったけれど、大人になってからの今、じっくりと見て感じる法隆寺は、

まるで新しい世界へと誘ってくれるようでした。

 

中央に見えるのが西院、その右側に進むと東院です。

まずは西院の中門(国宝)へ。

 

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中門の左右には、日本最古の仁王像「金剛力士像」が安置されています。

風雨にさらされながらも、約1400年以上もの長い歴史を見守り続けるその姿は、迫力がありますね。

 

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中門に掛かる戸帳は、羽を広げた鳳凰の模様があしらわれていました。

法隆寺にふさわしい格式の高さと荘厳さを感じます。

 

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法隆寺は日本初の世界文化遺産です。

1993年(平成5)に世界文化遺産に登録されました。

創建当初は「斑鳩寺(いかるがでら)」という名称でしたが、後に「法隆寺」と改名されました。

 

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広大な敷地に、国宝や重要文化財がずらりと並び、まさに歴史の宝庫といえる法隆寺。

その壮大さと奥深さから、どこから見れば良いのか迷ってしまうほどです。

 

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とりあえず、西側の出入口である「西大門」から門をくぐり、東へと巡ってみることにしました。

 

 

その途中で、凝ったデザインのマンホールが目に留まって撮影。

 

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西大門をくぐって左へ向かうと国宝の西円堂があります。

中央に安置されている薬師如来坐像も国宝です。撮影禁止なので写真はありません。

 

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伝えられるところによると、奈良時代の718年に光明皇后の母、橘夫人の発願により、

行基菩薩によって建立されたとされています。

行基菩薩といえば、東大寺を創建された方でしたよね。

 

現在の建物は鎌倉時代の1250年に再建されたもので、歴史的な価値が高いです。

 

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西円堂からは、西院伽藍を望むことができます。

西円堂は無料で拝観できました。

 

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次に向かったのは、1231年に建てられた三経院と西室。

国宝に指定されており、建物はつながっています。

 

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三経院は聖徳太子が勝鬘経・維摩経・法華経の3つの経典を注釈された『三経義疏(さんぎょうぎしょ)』にちなんで

付けられた仏堂。

西室はかつて僧侶が居住していた僧房です。

 

 

さて、それではいよいよ西院伽藍へ突入です!

 

拝観料は大人1人2000円とちょっとお高め。でも、その価値は十分にありますよ。

だって、西院伽藍の中はもちろん、大宝蔵院や東院伽藍もすべて共通の入場料で見られるんです!

高い分、期待も膨らみます。

 

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そして驚くべきは、金堂と五重塔、中門、回廊がなんと飛鳥時代の建物だということ!

現存する木造建築としては世界最古です! いずれも国宝に指定されています。

 

その古さゆえに、もう写真を撮る手に力が入る入る!

歴史の重みを感じながらも、素敵な一瞬を確実に写真に収めようと、ついつい気合が入ってしまいました。

 

法隆寺のシンボル「五重塔」は現存する木造五重塔としては世界最古です。

最初に目を引くのは、その見た目。

屋根が6つあるように見えますが、実は一番下の屋根は「裳階(もこし)」と呼ばれる塔を支える役割を持つ部分なんです。

なので実際の層は5つだけ。

 

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塔の内部には釈迦にまつわる四つの説話を、巧みに塑像で表現した場面が。

歴史と仏教の教えがギュッと詰まった空間になっていました。

 

五重塔の前には礼拝石があります。金堂の前にも同じく礼拝石がありました。

神聖な感じがしますね。

 

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金堂は一見すると2階建てのように見えますが、実は1階だけの建物。

見た目の印象と、実際の構造の違いもまた面白いポイントです。

 

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金堂内には「釈迦三尊像」(国宝)が安置されていました。

これは聖徳太子の冥福を祈って造られたと伝わるもので、なんと623年に完成した日本最古の仏像であり、

法隆寺の本尊です。

そしてこれらを守護する日本最古の四天王像(国宝)が祀られていて、見どころ満載でした。

 

また、壁画も見どころのひとつで、歴史を感じることができる貴重な作品でした。

 

 

僧侶が学問を研鑽する場所として建てられたのが「大講堂」(国宝)。

 

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堂内には、平安時代に作られた「薬師三尊像」(国宝)と、重文に指定されている四天王像が祀られています。

特に薬師三尊像は、その優美さと荘厳さから多くの拝観者の注目を集めていました。

 

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中門からは優雅に伸びる回廊が続いています。

また、境内に立ち並ぶ松の木も、とても素敵な風景を作り出していました。

長い年月を経て、風情のある枝ぶりと緑の葉が静かに境内を守っているかのようでした。

 

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法隆寺の金堂には、屋根を支える「龍の添え柱」があります。

いかにも神秘的で格好いいですよね。

 

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五重塔に目線を変えてみると、その屋根の見える部分に何か不思議なものが…?

 

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ガイドさんに尋ねてみたところ、「これ、実はお相撲さんなんですよ!」と教えてもらいました。

え?お相撲さん?と思いきや、なんと江戸時代に屋根の強度を補強するために作られたそうです。

しかも、そのお相撲さんは、なんともユーモラスに屋根を支えていらっしゃる!(笑)

 

古い建築にちょっとした遊び心が見え隠れする、そんな発見でした。

じっくり観察してみると新しい発見があるかもしれませんね。

 

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法隆寺の中でも特に心に残ったのが「聖霊院」(国宝)。本尊は「聖徳太子像」です。

 

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長い歴史の中で、多くの人々が聖徳太子像に願いを託し、祈りを捧げてきたと思うと、

その歴史の深さと敬慕の念が自然と湧き上がってきます。

 

一目見ようとお参りしてきましたが、その静かで荘厳な雰囲気には圧倒され、思わず胸が熱くなりました。

 

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聖霊院の前にある鏡池の横に、龍の手水所が設置されています。その形が壺のようで珍しいデザイン。

こんなにユーモラスで可愛らしい手水所、他ではなかなか見られませんね。

 

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そして鏡池のほとりには、正岡子規の有名な俳句「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の句碑がありました。

秋の風情を詠んだこの句は、心に深く響きます。

 

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「大宝蔵院」では法隆寺の寺宝を収蔵し、素晴らしい名宝がたくさん公開されています。

特に、飛鳥時代に作られた国宝の「百済観音像」や「玉虫厨子」は、まさに必見の逸品でした。

その他にも見どころ満載の名宝が多く、私も何度もこの名宝たちに見入ってしまいました。

 

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次は東院伽藍へ向かいます。

西院伽藍から東院伽藍へ通じる参道の途中に建つのは「東大門」です。

奈良時代に作られた国宝です。

 

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南大門から見える景色は、両側に続く古びた土塀が風情を醸し出しています。

土塀を見ながら進むうちに、まるで飛鳥時代へと吸い寄せられていくような感覚になりました。

 

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東大門から土塀に沿って北へと伸びる道は、地域の生活道として利用されていて、

町の風景に歴史が溶け込んでいるのが感じられます。

 

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この狭い道から突然、ボトルカーが出てきたときには、思わず驚いてしまいましたが…

 

 

東院伽藍の入口に位置する「四脚門」。

 

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四脚門をくぐると、そこには優雅な鳳凰のデザインが施された手水所が迎えてくれます。

 

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共通入場券を提示して、いざ中へ。

 

「夢殿」は、聖徳太子の供養と信仰のために建てられた東伽藍の中心的な本堂です。

その中には、国宝の救世観音像が安置されています。

 

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また、この場所は、かつて聖徳太子が住まわれたとされる斑鳩宮の跡地に建っています。

 

 

こちらは「絵殿」と「舎利殿」

 

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左側の絵殿には江戸時代の聖徳太子の障子絵が収められ、

右側の舎利殿には聖徳太子が2歳の春に合掌した際に現れたと伝わる舎利が安置されているそうです。

どちらも鎌倉時代の建物で、国の重要文化財。

 

そして、奥に見えるのが国宝「伝法堂」。

伝法堂は聖武天皇の夫人・橘古那可智の住宅を仏堂に改造したものです。

 

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東院鐘楼は、袴腰と呼ばれる様式で建てられた鎌倉時代の建物です。

奈良時代の梵鐘が吊るされています。

 

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珍しい形状に思わず目を奪われます。なかなか見ることのできない貴重な景観ですね。

 

 

東院に隣接する中宮寺へ。別途入場料が必要です。

 

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聖徳太子が母・穴穂部間人皇后のために建立したと伝わる尼寺です。

創建当初はここから約500メートル東の旧中宮寺跡にありました。

しかし、戦国時代の火災により寺は焼失し、その後現在の場所に移されてきました。

 

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中宮寺は皇室ゆかりの寺としても知られており、天皇陛下と皇后雅子様がご訪問された際の写真が、

受付横のお土産売り場に飾られていました。

2023年には上皇ご夫妻も訪れていますね。

 

一般非公開の表御殿は、江戸時代に建てられたものです。

 

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池に囲まれた本堂には、飛鳥時代の貴重な仏像・菩薩半跏像が安置されています。

その穏やかに微笑む表情が印象的で、非常に美しい仏様でした。

 

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後になって知ったのですが、中宮寺の菩薩半跏像は、スフィンクスやモナリザと並び、「世界三大微笑」と

呼ばれているそうです。

 

 

そんなこんなで、歴史の宝庫・法隆寺を満喫し、心も体もリフレッシュ!

やっぱり古い建物って、時代を超えた不思議なパワーを感じますね。

 

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1400年の長い歴史が育んだ落ち着いた風情ある空間に佇むと、時を超えた静かな気配に包まれ、心が落ち着きました。

国宝や重要文化財に指定された貴重な建造物の数々は、その歴史的価値と美しさに圧倒されるばかりでした。

 

 

次はどんな冒険が待っているのか…?

奈良の旅は、まだまだ続きます!

 

 

 

【法隆寺ショートムービー】

 

 

大納言塚で願いを叶える? 秀長公の足跡をたどる旅 (2026.02.20)

経理部の松田です。

 

大和郡山城を見学した後、豊臣秀長のお墓がある大納言塚へ向かいました。

 

お城からは徒歩約10分の距離にあり、住宅街の中の細い路地にひっそりと佇んでいました。

気づかずに通り過ぎてしまいそうな場所にあったため、ふと寂しい気持ちになってしまいましたが…。

 

 

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墓所の前には、「お願いの砂箱」があり、名前と願い事を唱えて3回砂を通すと、願い事が叶うそうです。

 

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大和大納言秀長公は、優しくて賢くて、とても立派なお殿様です。

きっと、私のささやかな願いも、心優しいお殿様なら聞いてくださるに違いありません。ありがたいことです。

 

 

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もしも近くに住んでいたら、毎日でも「お願い、お願い!」ってお願いに通いたいところです。

きっと秀長公も「またお願い事に来たよ…」なんて笑いながら耳を傾けてくれるかもしれませんね。

まあ、そのうち願い事が山積みになりすぎて、「もう勘弁してくれ!」とお叱りを受けるのも悪くないかもしれません(笑)。

 

それほど、頼りにしたい素敵なお殿様です!

 

 

塚の周囲は白壁の土塀に囲まれており、静かに歴史の佇まいを守っています。

 

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門をくぐると五輪塔があり、ここに豊臣秀吉の右腕として活躍した弟・豊臣秀長公が眠っています。

 

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豊臣家の家紋「五三桐」と「箱本」の文字が刻まれています。

 

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秀長は1585年(天正13)、大和・和泉・紀伊の100万石の領地を治め、郡山城主となりました。

本格的な築城に着手するとともに、町方自治の独特な制度である箱本制度を導入。

この制度により城下の商工業を育成し、郡山の繁栄の礎を築きました。

 

1591年(天正19)1月22日、秀長は郡山城内で亡くなりました。51歳でした。

 

 

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歴史を振り返るたびに、まず「すごいな」と感じる瞬間があります。

時代を超えて受け継がれる文化や知恵、偉人たちの勇気や努力。そこには感動と敬意が湧いてきます。

 

しかし一方で、歴史の裏側には戦や争いなど残酷な現実もあり、

なぜ、あれほどまでに戦をする必要があったのかと考えると、心が痛み、複雑な気持ちになります。

 

そんな歴史の深さと複雑さに思いを馳せながらも、

私は今、毎週楽しみにしている大河ドラマ「豊臣兄弟」に夢中です。

 

主人公は、豊臣秀吉の弟、豊臣秀長。

百姓から出発し、下剋上を経て天下統一を成し遂げた彼の人生を描いたものであり、

久しぶりの戦国時代の作品を楽しんでみています。

 

何と言っても兄弟のコミカルなやりとりが面白くて、

緊張感あふれる歴史の中に、ふっと笑みがこぼれる瞬間が散りばめられています。

時には冗談を交えたり、ちょっとしたからかい合いが見られたりして、家族の温かさを感じさせてくれます。

 

その中で、豊臣兄弟がどのようにして天下統一を成し遂げていくのか、

展開を見守るのが毎週の楽しみなんです。

 

このドラマを通じて、豊臣秀吉と弟・秀長の絆の強さや、それぞれの個性が垣間見え、歴史の裏側がより身近に感じられ、

今後の物語にますます引き込まれていきそうです。

 

これからも大河ドラマ「豊臣兄弟」の兄弟の活躍と、彼らがどのように歴史を動かすのか、

その行く先を楽しみにしたいと思います。

 

 

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豊臣秀長の足跡をだどる旅は、歴史の一コマを肌で感じることができる貴重な時間でした。

静寂に包まれた大納言塚は、遠い時代に思いを馳せる場所として、心に深く刻まれるひとときとなりました。

 

次回はまた異なる場所も訪れて、歴史の足跡をたどり続けたいと思います。

 

 

約1年ぶりの奈良再訪!大和郡山城訪問記 (2026.02.13)

経理部の松田です。

 

昨年末、また奈良を訪れる機会に恵まれました。

昨年の年明けに訪れた際に、改めて奈良の歴史と自然の美しさに魅了され、年末にも再び足を運びました。

今回は、前回訪れていなかったスポットを中心に、奈良の奥深さを満喫してきました。

 

そのひとつが、大和郡山城です。

今年の大河ドラマ「豊臣兄弟」の舞台の一つとしても注目されている奈良県郡山市にある歴史的な城跡です。

 

 

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お城の入口には大和郡山城と追手門についての詳しい歴史案内文が長々と書かれていたので、

興味深く読ませていただきました。

 

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最初に郡山城を築いたのは、戦国時代の名武将・筒井順慶です。

昨年の年明けに奈良を訪れた際、彼の菩提寺である伝香寺にも足を運んできました。

あの時の様子や境内の様子については、私のブログ(古都奈良の世界遺産巡り後編)をご覧いただければと思います。

 

筒井順慶は織田信長の後援によって大和統一の偉業を成し遂げ、築城に着手しました。

その後、大和・和泉・紀伊100万石の太守として豊臣秀吉の弟・豊臣秀長が入城し、豊臣政権の畿内統治の拠点として

本格的な築城が行われました。

そのとき追手門もこの場所に築かれたようです。

 

しかし、関ケ原の戦いで西軍は敗北。徳川家康によって郡山城は取り壊され、建物のすべては伏見城へ移されました。

大阪の陣後に水野勝成が城主となってから復興整備が始まり、以降は松平、本多、柳澤といった譜代大名が城主を務め

再整備が行われましたが、明治維新を迎えて廃城となり、建物はすべて取り払われてしまいました。

 

 

こちらが追手門。

 

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昭和58年に市民の寄付などにより追手門、追手向櫓などが秀長築城にふさわしい姿で復元されました。

 

追手門には、豊臣家の家紋が刻まれ、豊臣家の威光と栄華を感じます。

城の入口にふさわしい、壮麗で堂々とした存在感があります。

 

 

こちらは追手向櫓。

 

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現在、郡山城跡は公園として整備され、令和4年に国史跡に指定されました。

古くから桜の名所としても知られ、「日本さくら名所100選」に選ばれています。

 

 

追手門をくぐって右へ向かうと、城址会館があります。

この建物は明治40年に興福寺境内に建てられた旧奈良県立図書館です。昭和45年にこの場所に移築されました。

訪れた日は年末の為、休館となっていました。

 

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追手東隅櫓からは近鉄橿原線を走る電車を見ることができます。

 

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極楽橋を渡って本丸へ。

 

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内堀に架かる極楽橋は、発掘調査の結果、何度も建て替えられてきたことが明らかになったそうです。

 

 

築城から400年以上が経過し、歴史の重みを感じさせる城跡。

郡山城の石垣には転用石材も多く使われています。

 

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城跡の持つ静謐な雰囲気は、過去の激動の時代を生き抜いた武士たちの息吹が感じられ、心が落ち着きます。

 

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天守台から望む景色は絶景でした。

遠くに広がる大和郡山の街並みや若草山、歴史と文化の薫る薬師寺、そして修復中の興福寺五重塔までも見ることができ、

戦国時代に思いを馳せながら静かな時間を過ごしました。

 

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大和郡山城には天守閣が復興されることはありませんでしたが、私はむしろその殺伐とした風景に惹かれます。

松尾芭蕉の俳句「夏草や兵どもが夢の跡」の情景が頭に浮かび、戦の名残と時の流れを静かに物語っているように感じます。

天守閣の華やかさではなく、そこに漂う歴史の重みや哀愁を感じさせる風景に、私は深い魅力を感じています。

 

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本丸には柳澤神社があります。

神社の祭神は江戸幕府5代将軍 徳川綱吉の側用人として活躍し、政治の中枢を担った柳沢吉保です。

 

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甲斐国生まれの柳沢吉保は、後に川越城主を経て甲府城主となりますが、

2代柳沢吉里の時に、柳沢家は幕府より甲府から郡山への転封を命じられて郡山城に入りました。

吉里以後、6代にわたって柳沢家が明治維新まで大和郡山藩主を務めました。

 

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柳沢家の菩提寺である永慶寺にも行ってきました。郡山城から徒歩数分の場所にあります。

永慶寺は柳沢吉保が甲府に建立したお寺であり、長男の柳沢吉里が郡山藩に移封されると、同じく郡山に移転しました。

 

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山門は郡山城の南御門を移築したものです。豊臣秀長時代に建てられたものだそうです。

 

 

墓地の中央に柳沢家の墓所がありました。

 

6代藩主柳沢保申の墓

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6代藩主柳沢保申の正室明子の遺髪碑と5代藩主柳沢保興の正室淑姫の墓

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柳沢宗家8代当主柳沢保恵の墓

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柳沢家の2代以降の歴史については、私自身詳しく知りませんが、とりあえず写真を撮ってきました。

 

 

 

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長い歴史の中で幾度も変わりゆく姿を見せてきた大和郡山城。

城跡を歩きながら、歴史の流れや当時の権力者たちの思惑を想像すると、ますますこの場所の深みを感じました。

 

 

京都府京田辺市の一休寺に立ち寄る旅のひととき (2026.02.05)

経理部の松田です。

 

昨年末、奈良へ向かう途中に、京都府京田辺市にある一休寺に立ち寄りました。

 

 

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このお寺は、「とんちの一休さん」でおなじみの一休禅師が晩年を過ごした場所として知られています。

一休さんの本名は一休宗純(いっきゅうそうじゅん)といい、室町時代の1400年代に活躍されました。

禅の修行とともに多くの詩や俳句も残されています。

 

 

総門の前にあった「一休とんちロード」の案内板

 

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一休さんにまつわるとんち話やユーモアあふれるエピソードが紹介されているようです。

 

 

総門をくぐると石畳の参道が続きます。

 

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一休和尚筆の碑「諸悪莫作、衆善奉行」 悪いことはするな、よいことをせよの意です。

 

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境内には一休禅師の墓所があります。

現在、墓所は宮内庁により御陵墓として管理されており、墓所には門扉が設けられ、扉には菊花の紋章が刻まれていました。

 

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中に入ることはできないので、紋章の隙間から中を覗いてみました。

歴史の深さと格式の高さを物語っていますね。

 

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庫裡で拝観料を支払って方丈の中へ。

 

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ここで、驚きの事実に出会いました。

なんと、方丈や庫裏、唐門、東司、鐘楼、浴室といった重要な建物が、

1650年に加賀藩の3代目藩主・前田利常の寄進によって再建されたということを!

 

前田利常は大阪夏の陣で大阪に向かう途中、一休寺を参詣。

そのとき、一休禅師への崇敬の念と寺の荒廃を嘆く気持ちを抱き、寺院の再興に尽力したそうです。

 

一休寺の歴史に、まさか前田家とのつながりがあったとは…!

まったくの盲点で、正直、かなり驚いています。

 

これらの歴史の重みを感じさせる貴重な建造物は、いずれも重要文化財に指定されています。

 

 

一休禅師御使用輿

 

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一休禅師が80歳の時、大徳寺の47世住職に就任された際も、この輿に乗って京都紫野の大徳寺へ通われたそうです。

一休禅師の長寿と、深い修行への想いが伝わってきそうです。

 

大徳寺には、前田利家の正室・まつが前田家の菩提寺として建立した芳春院があり、

そこにはまつと長男の利長の御霊屋が安置されています。

このことから、利常が寺院に対して深い崇敬心や恩義を抱いていたのではないかと感じました。

 

この発見を通じて、これまで見えていなかった新たなつながりに気づき、自分の視野が少し広がったような気がします。

 

 

方丈中央には一休禅師の木像が安置されていました。

襖絵は狩野探幽斎守信の49歳の時の筆によるものです。

 

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方丈庭園

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これは一休さんの名逸話「屏風の虎退治」ですね。

 

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将軍 足利義満が出した無理難題を一休さんがとんちを効かせて見事に切り抜けるエピソードとして語り継がれています。

アニメの名シーンが蘇えってきました。

 

 

小さな門をくぐると一休寺の本堂があります。

 

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本堂は室町幕府6代将軍 足利義教により建立されました。重要文化財です。

 

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こちらは開山堂。

 

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境内にそびえる一休禅師の像と、少年時代の一休さんの像。

今の世の中のさまざまな汚れや混乱をこの箒で一掃し、もっと明るく、清らかな世界にしたいという願いが

込められているそうです。

 

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「このはし わたるべからず」と書かれた看板を見て、ちょっとドキドキしました。

でも、大丈夫! 私は堂々と橋の真ん中を渡りきりましたよ。

 

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二十世紀の森という場所もあって、さまざまな表情をした石像がありました。

 

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鐘楼

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浴室

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宝物殿も見てきました。

一休寺で晩年を過ごした一休禅師の遺品などが納められています。

 

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左は重要文化財の一休禅師画像、右は前田利常が一休寺に送った書状です。

 

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これらの史跡や宝物を観ることで、一休禅師と前田家との深い縁を改めて実感できました。

 

 

墓地には観世流の音阿弥と南近江の武将、佐々木承禎のお墓があります。

 

観世流は、室町時代に生まれた能楽の流派の一つ。

能楽の発展に大きく貢献した観世流の音阿弥、元章、そして清興のお墓です。

 

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佐々木承禎は戦国時代の南近江の武将で観音寺城主でした。

上洛を目指す織田信長の侵攻を受けて、観音寺城を退去し流浪の身となりました。

 

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前回のブログでも触れましたが、武田信玄の菩提寺として知られる恵林寺が、織田信長によって全山焼き討ちされた理由は、

実は佐々木承禎をかくまったことにあったと言われています。

佐々木承禎をかくまい、逃がしたことで、織田軍の怒りを買い、恵林寺は悲劇に見舞われました。

 

まさかこの出来事が、後の歴史と深くつながっていたとは…

驚きとともに改めて歴史の複雑さと運命の不思議さを感じさせられます。

 

 

茶人寸松庵禅師の墓

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子供の頃、一休さんのアニメを夢中で見ていました。

そのユーモアと知恵にあふれた姿に、いつもワクワクしながら楽しんでいました。

彼の機転の利いたとんちは、子供心にも「すごいな」と感心させられるものでした。

 

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『あわてないあわてない、一休み一休み』

これは子供の頃、アニメの中でよく耳にした一休さんのフレーズ。

忙しい毎日や焦る場面で、この言葉を思い出すと、自然と心が落ち着いてきます。

 

一休さんの言葉は、私たちの日常にも深く響くものがありますね。

時には立ち止まり、深呼吸をして心と体をリフレッシュさせることの大切さを優しく教えてくれているようです。

 

 

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アニメの中の一休さんは、単なるおちゃめなキャラクターではなく、人生の本質や人間の心の奥深さを

教えてくれる存在だったんですね。

 

子供の頃の楽しい記憶とともに、一休さんの教えを胸に、日々の暮らしに少しのユーモアと知恵を取り入れていきたいと思います。

 

 

新潟県糸魚川市の柵口温泉 権現荘に泊まってみた!雨天も味わい深い旅に。 (2026.01.19)

経理部の松田です。

 

昨年に金沢検定を受験した翌週、私は能生の柵口温泉 権現荘に泊まってきました。

検定の疲れを癒しつつ、自然豊かな温泉でゆったりとした時間を過ごしました。

 

 

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時間にゆとりがあったので、のんびりと国道8号線を通って目的地へ向かいました。

途中、黒部市の道の駅「KOKOくろべ」に立ち寄ったのですが、道の駅って、ついつい長居しちゃいますね。

 

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お天気はあいにくの雨模様ですが、時折雨が止んで陽が射すことも。

晴れていれば、立山連峰を望むことができたんだろうな…

 

地元のお土産を眺めながら、「これ面白い!」「あれ美味しそう!」とワクワクが止まりません。

気付けば、時間もあっという間に過ぎていて、ついつい長居してしまいました。

 

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その中でも特に気に入ったのは、地元の名物「揚げ天」。

サクサクの揚げ天を買って、その場でパクリ。揚げたてのふんわり感と塩味が絶妙で、とても美味しかったです。

 

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能生の奥地にある柵口温泉 権現荘に到着。

権現荘の先はシャルマン火打スキー場があるだけです。まるで自然と一体化した隠れ家のようです。

 

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この権現荘は、廃校となった小学校校舎を改築し、増築してできた温泉宿です。

どこか面影が感じられる建物ですよね。

 

今回の宿泊はリニューアルオープン記念の「のどぐろ付き謝恩プラン」。

お得すぎてむしろ申し訳ない気分になりながら、能生川に面したお部屋に落ち着きました。

 

窓の外を見ると、静寂な山々と能生川が流れ、とても癒される風景が広がっていました。

 

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一息ついたら、待ちに待った温泉へ。

 

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広々とした内風呂と露天岩風呂がある温泉の湯温はちょうど良くて、40度前後。

熱すぎず、ぬるすぎず、体の芯からじんわり温まることができました。

まるで体がリセットされるような心地よさ!

 

そして、温泉の後に待ち受けていたのは、なんと卓球台!

久しぶりにやってみたのですが、これがまた楽しいのなんの。球に全然当たらなくて!

 

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そして、何と言っても楽しみなのは海の幸と山の幸をふんだんに使った食事!

次々に出てくる料理に、「お腹、もう限界…」と心の中で叫びつつも、結局全部平らげてしまいました。

 

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おいしさに夢中で、気がつけば満腹感と幸福感に包まれていました。

 

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心も体もほっこりのひとときを過ごし、就寝。

 

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翌日、テーブルには食べきれないほどのボリュームたっぷりの朝食が並んでいました。

ご飯のおともがたっぷりあり、ついつい手が止まらない。

定番の焼き魚に、ジューシーな鶏肉料理…どれもこれも美味しくて、ついついおかわり。

 

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窓の外を見ると、謎の豪雨。

「これ、止むかな…?」と心配しながらも、少しだけ期待して待つことに。

雨音を聞きながら、温かいご飯とおかずを味わう幸せな時間を楽しみました。

 

朝食後、ゆったりと温泉に浸かって、心も体もリフレッシュ完了。

やっぱり、温泉って最高ですね。

 

 

帰り支度をして、「ああ、やっぱり天気は残念ながら雨…」と思ったのも束の間、

偶然にも立ち寄った各場所では雨がぱったり止んだりして、思わぬ幸運に恵まれました。

 

権現荘から国道8号線に向かう途中、龍光寺に立ち寄りました。

せっかく近くに来たので、ついでに歴史的な史跡も見ておきたいと思います。

 

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山門にはいくつもの地蔵石が置かれており、階段は苔に覆われ、時の流れを感じさせる趣深い風景です。

 

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龍光寺には荻田氏3代のお墓があります。

荻田氏は、戦国時代の末期から江戸時代初期にかけて、当地域の政治の中枢を担った名家です。

上杉謙信と景勝に仕え、糸魚川城主や高田藩の家老を務めた荻田氏は、当地域の発展に大きく寄与しました。

 

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3基の五輪塔は、中央に龍光寺開基といわれる2代目の主馬(孫十郎長繁)、左に3代目の孫十郎、

右に4代目の隼人のお墓です。

 

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次に立ち寄ったのは、富山県朝日町にある「ヒスイ海岸観光交流拠点施設ヒスイテラス」。

 

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目の前には広大なヒスイ海岸が広がり、海から打ち上げられるヒスイを拾える世界的にも珍しいスポットです。

 

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だけど、今日はちょっとした荒天で波が荒く、残念ながらヒスイを拾うのはお預け…とほほ。

いつか、あの波打ち際から奇跡の一粒を見つけてやるぞー!

 

 

入善町を運転していると、ふと頭に浮かんだのは…そう、確かこの辺りに一等三角点があったはず!と。

その名も「園家山」、標高は17.36m。

 

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駐車場から歩いて3分もかからずに山頂に到着です。

随分前に一度だけ訪れたことがあるのですが、その時の写真が残っているかどうか怪しい…。

ということで今回、再登頂しました!

 

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一等三角点といえば、一般的には高い山の頂上にあるものだと思っていましたが、こんなに低い場所にもあるんですね。

思わず、「どうしてここに?」と首をかしげたくなる、不思議な感覚です。

 

 

これにて温泉旅は終わり。

 

次回は、晴れた日にもう一度訪れて、絶景と美味しい料理を心ゆくまで堪能したいなと思います。

雨の日の宿泊も、それはそれで良い思い出になりました!

 

 

11月1日、金沢検定初級に挑戦 — 不安を乗り越え、見事合格! (2026.01.13)

経理部の松田です。

 

今日は私の金沢検定の受験体験についてお話ししたいと思います。

 

 

▼加賀藩祖前田利家公と正室お松の方を祀る尾山神社

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金沢検定は、金沢に関するさまざまな知識を問う検定で、歴史や文化、経済、産業など、多方面から出題され、

自分の「金沢通」度を測るのにぴったりの試験です。

 

初級、中級、上級の3つのレベルに分かれていて、年に1回実施されています。

試験は四者択一のマークシート方式で、100問出題され、合格基準は80点以上。

 

全国にはいろんなご当地検定がありますが、金沢検定は特に受験者数が多く、人気の高い試験です。

ただ、その分、難易度もトップクラス。

 

 

▼いしかわ赤レンガミュージアム

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私が挑戦したのは、昨年の11月1日に行われた第21回の初級試験です。

 

実は、「金沢検定、ちょっと挑戦してみようかな…」と思ったのが9月の初めのこと。

きっかけは、春に金沢の寺院を何軒か巡ってきたのですが、その歴史の深さに触れて、

「これは勉強してみる価値があるかも」と思ったのです。

 

それからというもの、まずは参考書!と意気込んで本屋へ行ったのですが、なかなか見つからず、

どのお店も在庫切れで「絶版?」と心配になったほど。

でも諦めずに待ち続け、9月15日にふとSNSを見ると、「昨日、新しい参考書が出版された!」とのこと。

これを見て大喜びし、急いで書店へ走り、見事ゲット! やっとの思いで入手できました。

 

 

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勉強期間は約1ヶ月半。

内容はとにかく盛りだくさん! 覚えるべきことが山のようにあって、

最初は「これ全部覚えられるかな…?」と不安になったほどです。

 

計画通りに進めることが難しく、時には焦りや不安にかられることもありました。

昨日覚えたことが翌日にはすっかり忘れてしまっていることもあり、

「本当に合格できるのだろうか」と何度も自問しました。

計画通りに進まないことや、記憶の定着に苦労したことで、正直なところ自信を失いかけた瞬間もありました。

 

特に苦労したのは、人の名前や地名、歴史上の人物たち。

次から次へと出てくる名前に、頭の中がこんがらがってしまい、「誰が誰だったっけ?」と混乱状態に。

もう、頭の中はお祭り騒ぎ状態! 膨大な情報量に頭がパンクしました。

 

それでも、少しずつ復習を重ねて、なんとか理解を深めていきました。

振り返れば、大変だったけれど、その分だけ達成感もひとしお。

 

 

▼加賀八家・旧本多家住宅長屋門と松風閣庭園

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合格できるかドキドキしながら試験当日を迎えました。

試験中は緊張しながらも、最善を尽くすことに集中。

 

しかし、実際に試験を受けてみると、予想以上に難易度が高くて、答えに迷う問題もいくつかあり、

さらに、参考書に掲載されていない問題も出てきて、事前の準備だけでは対応しきれない部分もありました。

 

11月18日に合格発表があり、結果はなんと…無事に合格!

自分でも驚きと喜びでいっぱいです。

 

今回の試験結果は、初級受験者1206名、合格者69名、合格率はわずか5.7%と非常に低く、難易度の高さを実感しました。

 

 

▼金沢市指定保存建造物の旧中村邸

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後日、合格証書と合格バッジが届きました。

何より嬉しかったのは、合格者には金沢市の文化施設を1年間無料で観覧できるパスポートがプレゼントされたことです。

 

このパスポートを使って、実際に現地で学びながら、金沢の魅力をもっと深く体感したいと思います。

これからの楽しみがますます広がります!

 

 

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金沢の歴史や文化、観光スポットについて深く学べるこの検定は、私にとって非常に意義のある挑戦でした。

今回の経験を通じて、金沢についての理解が深まっただけでなく、自分の学習方法や準備の仕方についても

見直す良い機会となりました。

次回はさらにしっかりと準備をして、中級試験に挑戦したいと思います。

 

今回、中級・上級ともに合格者0人という結果でしたので、かなりの難関ですが、

これからも学び続けて、より良い自分を目指していきたいと思います。

 

 

▼城下まち金沢周遊バス

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▼世界的科学者・高峰譲吉(右)と天文学者・木村栄(左)の銅像

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皆さんもぜひ、金沢の魅力を深く知るために挑戦してみてはいかがでしょうか。

 

 

国宝松本城見学へ―早朝の訪問で味わう絶景と歴史の魅力 (2026.01.06)

経理部の松田です。

 

明けましておめでとうございます!

旧年中はご愛顧いただき誠にありがとうございました。

本年も皆さまにとって素敵な1年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

それでは、昨年のブログのつづきです。

ゴールデンウィーク3日目は長野県の誇る名城、松本城を訪れてきました。

現存する5重6階の天守としては日本最古の城で、国宝に指定されています。

 

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人気のスポットだけあって、朝早く道の駅を出発し、松本城の近くにある駐車場へと向かいました。

ちなみに前日は何度も利用している塩尻市の道の駅 小坂田公園で車中泊しました。

 

到着したのはまだ開門前の時間だったため、お城の周辺は静かで、澄んだ空気の中、

城の壮麗な姿をじっくりと眺めることができました。

 

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北アルプスの山々を背景として、漆黒の天守を水面に映す姿は、実に美しい。

 

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開門前に入場列に並び、少し待つだけで城内に入ることができました。

 

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「黒門」は本丸へ続く重要な門です。

 

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松本城の最大の魅力は、どの角度から見ても素晴らしいその姿。

黒と白のコントラストが映える天守閣は、遠くから見ても近くから見ても、息をのむほどの迫力があります。

特に、早朝の静かな時間帯に見ると、その重厚な佇まいと歴史の重みを感じながら、心が引き締まりました。

 

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天守閣の中も見学し、城の歴史や構造について学ぶことができました。

 

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階段が狭いため、上り下りで待ち時間が発生することも。

 

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鉄砲を打つ鉄砲狭間

 

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こちらは御座所。

城主は天守の最上階ではなく、4階に座を構えたと考えられています。

 

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天守の天井には「二十六夜神」という月の神様が祀られています。

女神様からお告げを聞き、祀りはじめたという伝説が残っているようです。

 

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天守最上階からは本丸庭園や松本市街の景色が楽しめました。

 

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江戸時代に増築された辰巳附櫓。

 

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月見櫓は舞良戸を外すと三方が吹き抜けになる設計。

 

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ゆっくりと見て廻って天守閣の外へ。

 

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下から眺める天守閣、かっこいい!

 

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この時すでに天守閣への入場は2時間待ち。松本城の長すぎる列に驚愕です!

それにしても、ただ者じゃない人気ぶりを物語っていますね。

 

ここに松本城の歴史を支えた2人の英雄、市川量造氏と小林有也氏の碑があります。

 

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美しい天守閣と歴史的価値から人気のある松本城ですが、廃藩置県後、松本城はその役割を終え、

不要となったために競売にかけられ、ついには取り壊される危機に瀕していました。

そんな危機的状況を憂い、城の保存に命を懸けて尽力したのが、市川量造氏と小林有也氏です。

 

彼らは、天守閣の買戻しに奔走し、その結果、松本城の貴重な天守を守り抜いたのです。

その功績を称え、松本城天守保存に大きく貢献した2人の遺志を今に伝えるための碑が建立されています。

2人の偉業は、私たちにとって文化財を守ることの意義と、地域の誇りを再認識させてくれる貴重な証。

城の歴史とともに心に刻まれる大切なメッセージです。

 

 

天守閣を堪能した後は、いったん街の散策へと繰り出しました。

 

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まず目に入ったのは、江戸時代末期の旧町名を記した標柱。

 

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そして、次にやってきたのは、カエルがモチーフとなっている「なわて通り」。

あちこちにカエルの置物や看板が多数あり、これぞ松本の癒やしスポットと確信しました。

 

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途中、四柱神社に足を運び、静かに参拝。

 

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境内にいたハトが人懐っこくて、子供の肩や頭の上に乗ったりしてました。

 

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なわて通りを進むと見えてくるのが、松本市旧市役所跡。

今は旧市役所を模したレトロな市営住宅が建っています。

 

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昼食は四柱神社の横にある老舗蕎麦屋「こばやし」で、迷わず天ぷら蕎麦を注文。

 

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サクサクの天ぷらと、コシのある蕎麦の絶妙なハーモニーに、思わず笑みがこぼれました。

香ばしい天ぷらの衣と、しっかりとした蕎麦の風味が口の中いっぱいに広がり、これぞまさに至福の味わい。

大きめのだし巻き卵も食べ応え抜群で、ふんわりとした優しい味わいで絶品でした。

 

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食後は、歴史と風情が息づく蔵の街・中町をゆったりと散策。

木造の蔵や古い町屋が並ぶ風景は、まるでタイムスリップしたかのよう。

 

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特に面白かったのは、道のそこかしこに点在していた古い井戸たち。

静かに佇む井戸には、何故かほっと心が落ち着く不思議な魅力がありますね。

 

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「若がえりの水」しっかり飲んでおきました。

 

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散策を進めながら、古い井戸を写真に収めたり、ちょっと覗き込んでみたり。

ふと、「この井戸は昔の人々の生活を支えた大切な場所だったんだろうな」と感慨深く思いました。

 

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ふたたび松本城に向かう途中で立ち寄ったのは、長い歴史を誇る老舗味噌屋の「萬年屋」。

多くの芸能人も訪れているようで、松重豊さんの写真も飾られており、「これは間違いない!」と思い、

逸品の味噌をゲットしてきました!

 

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二の丸御殿の入口にある「太鼓門」へ。

 

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太鼓門のすぐ横にある総量約22.5tの巨石は、松本城を築城した石川玄蕃守康長が運ばせたことにちなんで、

「玄蕃石(げんばいし)」と呼ばれています。

 

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二の丸御殿跡

 

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お堀を撮影

 

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松本城の見学を終え、次に向かったのは歴史と文化の宝庫「旧開智学校校舎」。

歩いてわずか10分の距離に位置し、ふらっと立ち寄るのにぴったりのスポットです。

 

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この建物は明治9年に地元の大工棟梁・立石清重さんの手によって建てられたもので、

日本でも最も古い小学校校舎のひとつとされており、国宝に指定されています。

 

特に注目は、「擬洋風建築」と呼ばれる洋風と和風を融合させたその独特なデザイン。

外観はまるで洋館のようで、天使や龍などの精巧な彫刻も見どころのひとつです。

 

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館内には、当時実際に使われていた机や椅子、教科書などの貴重な展示品が並び、

明治時代の教育現場の様子をリアルに感じ取ることができました。

 

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さらに、ステンドグラスの窓ガラスは海外から輸入されたもので、当時の先進的な技術や美意識も垣間見えます。

 

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歴史好きはもちろん、洗練された洋風建築の美しさに興味がある方も必見のスポットです。

 

 

旧開智学校校舎横の愛らしい「旧司祭館」も見逃せません!

まるで童話の中に出てくるような可愛らしい佇まいが魅力の建物です。

 

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この建物は、アーリーアメリカン風のデザインを取り入れており、ペパーミント色の壁面がとってもキュート。

建物の中も無料で見学でき、当時の文化交流や建築の流行が垣間見れて、異国の空気を感じるひとときでした。

 

 

ということで、旅の締めくくりはやっぱりアイス!

 

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松本の街歩きは、歴史とユーモアとグルメが絶妙に融合した、とっても楽しい時間となりました。

多くの観光客で賑わいを見せている松本城ですが、早朝の訪問ならではの静かな時間と、城の荘厳な美しさを

存分に楽しむことができました。

 

 

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特別展「ひと、能登、アート。」1万人目の入場者に!まさかのサプライズ。 (2025.12.24)

経理部の松田です。

 

11月末、石川県立美術館で開催された能登復興支援の特別展「ひと、能登、アート。」を見に行ってきました。

この特別展には、東京国立博物館をはじめ、全国の美術館が所蔵する貴重な絵画や屏風図などが数多く出展されています。

 

どれも細やかな技術と深い思いが込められており、見ているだけで心が豊かになりました。

 

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私のお目当ては尾形光琳の「風神雷神図屏風」でしたが、

ほかには、黒田清輝の「湖畔」や菱川師宣の「見返り美人図」、

そして七尾出身の画聖 長谷川等伯の作品「牧馬図屏風」や「烏鷺図屏風」など、

誰もが知っている名作がずらり。

 

いずれも国の重要文化財に指定されているもので、その歴史的価値と美しさに圧倒されました。

 

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そして、なんと私が会場に入った際、ちょうど1万人目の入場者だったというラッキーな出来事も!

 

何気なく会場に入った瞬間、スタッフの方から「1万人目のお客様です!」と声をかけられ、

「1万人達成!」と書かれたボードを手渡されました。

 

思わず「えっ、私ですか?」と2度見。

なんと、私がその記念すべき╲1万人目/だったんです。

 

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まるで、宝くじに当たったかのようなビッグニュース!

記念品もいただいて、思わず笑顔。

 

北國新聞社の記者からのインタビューもあり、

翌日の北國新聞に掲載された記事を見て、恥ずかしさとともに嬉しさが入り混じる気持ちになりました。

 

 

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こんな経験、一生ないと思っていたので、私にとって貴重な思い出となっています。

 

 

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この展覧会を通じて、日本の文化の豊かさを改めて感じることができました。

芸術を通じて地域の復興や伝統の継承に触れる貴重な機会を得られたことに、心から感謝しています。

 

 

【恵林寺訪問記】歴史と静寂に包まれた武田信玄の菩提寺 (2025.12.15)

経理部の松田です。

 

乾徳山登山の後、戦国最強と呼ばれた武将・武田信玄の菩提寺である「恵林寺(えりんじ)」を訪れました。

 

 

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恵林寺は山梨県甲州市塩山にあり、1330年(元徳2)に禅僧の夢窓国師こと夢窓疎石(むそうそせき)が開山した由緒あるお寺です。

夢窓国師は、鎌倉時代から室町時代にかけて活躍された高僧。

7度にわたり歴代天皇から国師号を賜与され、七朝帝師とも称されている偉大な方です。

 

 

恵林寺の駐車場からは先ほど登った乾徳山が見えました。

夢窓国師は乾徳山の山中で座禅修行を積んでいました。ちなみに恵林寺の山号は乾徳山です。

 

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境内に足を踏み入れると、登山の疲れも吹き飛ぶ、静かで荘厳な空間。

最初に目を引くのは、堂々と掲げられた武田菱の紋章。

この武田菱の紋は、恵林寺の本堂や門など、境内の各所に施されており、歴史の深さと武田家の栄華を感じることができました。

 

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武田信玄は、戦国時代の名将として知られていますが、信仰心も厚く、恵林寺を自らの菩提寺と定めました。

しかし信玄亡き後、武田氏は滅亡。恵林寺は織田信長に焼き討ちにされ焼失しますが、再び徳川家康によって再建されました。

 

 

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庫裡の中に入ると、ふと目に留まったのが「風林火山」の文字。

 

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武田信玄の旗印としても有名なこの言葉は、戦略の極意を表す言葉であり、武田信玄の深い思考と精神性を象徴していますよね。

現代を生きる私たちにも通じるメッセージが込められているようで、心が引き締まる思いです。

 

 

本堂内は撮影できませんが、ご本尊の釈迦如来が安置されていました。

 

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本堂の正面に見えるのが枯山水式の庭園です。

禅僧としての功績の他、作庭家としても名高い夢窓国師によって手掛けられました。

夢窓国師は京都の世界遺産にも登録されている天龍寺や西芳寺(苔寺)など、多くの名園を作庭されています。

 

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アーチ式の橋を渡ると明王殿。ここからは撮影禁止。

うぐいす廊下を歩いていくと、等身大の信玄の姿を摸刻させたという「武田不動尊」が安置されていました。

 

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本堂の裏側に広がる恵林寺庭園は夢窓国師が作庭したもの。国指定名勝です。

 

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この庭園を眺めながら、夢窓国師の遺した美意識や禅の精神を感じることができるのも、恵林寺の魅力ですね。

しばらくの間、時の流れを忘れて静寂と向き合いました。

 

 

境内を散策。

こちらは県の重要文化財に指定されている「三門」

 

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戦国時代の荒波の中、数多くの寺院や城が戦火に巻き込まれ、その歴史を刻んできました。

恵林寺も例外ではなく、恵林寺の象徴ともいえるこの三門は織田信長による焼き討ちを受けた悲劇の歴史を持っています。

 

 

三門には快川国師の遺偈が掲げられています。

 

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「安禅は必しも山水をもちいず、心頭滅却すれば火も自ら涼し」

炎上する三門楼上で快川国師が唱えた名言です。

 

1564年(永禄7)に武田信玄は快川国師を住職として迎え、恵林寺を自身の廟所と定めました。

快川国師は、信玄にとって参禅の師であり、心の平静と精神修養を深める上で重要な役割を果たした名僧でした。

 

戦国の動乱の中、53歳で亡くなった信玄。

遺言により3年間信玄の死を隠した後、嫡男武田勝頼のもと快川国師が大導師となって葬儀が行われました。

しかし1582年(天正10)3月、勝頼は時運を味方につけることができず天目山で自刃し、武田氏は滅亡。

同年4月3日、恵林寺は敵を密かにかくまい逃れさせたとして、織田信長による火攻めに遭い全山焼失しました。

その際、快川国師をはじめ、百人以上ともいわれる僧侶等が三門楼上で火に包まれました。

 

 

三門脇に供養塔がありました。快川国師を偲ぶ唯一の遺構です。

 

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同年6月3日に本能寺の変によって信長が討たれた後、徳川家康の手により恵林寺は復興され、

現在ではその歴史的価値とともに、武田信玄と快川国師の精神の象徴として、多くの参拝者が訪れています。

 

 

三門をくぐって正面に見えるのが開山堂。

 

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訪れた日は扉が閉まっていたので拝見できませんでしたが、夢窓疎石、快川紹喜、末宗瑞曷の三像が安置されています。

末宗瑞曷は快川国師の弟子。家康が末宗瑞曷を招き、恵林寺を再興させました。

 

 

三重塔。納骨堂のようです。

 

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燈籠の先に武田信玄公墓所があります。1573年4月12日に53歳で亡くなった信玄公はここに眠っています。

毎月12日に限り一般公開されるため、見ることができませんでした。

 

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歴史の舞台に名を刻んだ武田信玄公の墓所は、多くの人々にとって敬慕と崇敬の対象。

私もいつか、信玄公の墓所をこの目で見て、その歴史の重みを感じてみたいと願っています。

 

恵林寺には、信玄と同じく甲斐出身の柳沢吉保の墓所もあります。

江戸幕府5代将軍 徳川綱吉の側用人だった柳沢吉保は、政治・経済の発展に大きな役割を果たした人物です。

柳沢吉保は甲斐国主となった後、恵林寺を庇護し、その寺運を大きく発展させました。

 

 

最後に信玄公宝物館も見てきました。

信玄が使用していた武具甲冑や武田軍旗「孫子の旗」、武田氏の歴史を物語る貴重な資料も所蔵されていて、

歴史好きにはたまらないスポットでした。

 

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山登りで自然の偉大さを実感した後は、歴史の重みと静寂に包まれる恵林寺で心を整えるのも、また一興。

次回は、信玄ゆかりの地を巡りながら、その偉大な足跡をたどってみたいと思います。

 

なんだか、山梨の名物「ほうとう」が恋しくなってきました。

 

 

【乾徳山登山】富士山の絶景と垂直の岩壁を登るスリル満点登山 (2025.12.08)

経理部の松田です。

 

皆さん、お元気ですか?

しばらくブログの更新が滞ってしまいましたが、その理由をちょっとだけお話させていただくと…

 

実は、11月1日に行われた「金沢検定」に向けて勉強に励んでいました。

歴史や文化、産業について深く学びながら、自分自身の知識も少しずつ広がっているのを実感しています。

この検定は、自分にとって新しい挑戦であり、これまでの努力を試す良い機会となりました。

勉強に集中していたおかげで、ブログの更新は少しお休みしていましたが、

その分、新たなエネルギーをたっぷりと蓄えることができました。

 

毎回ブログを楽しみにしてくれている皆さま、本当にありがとうございます。

これからまた、色々なことをシェアしていきたいと思いますので、どうぞお楽しみに!

 

それでは、大変お待たせいたしました。

ようやく前回のつづきです。

 

 

5月の連休2日目は、山梨県の奥秩父山域にある乾徳山(けんとくさん)に登ってきました。

標高は2031mで、日本二百名山。

森林、草原、岩場と変化に富んだ山歩きが楽しめ、山頂からの大展望が魅力の山です。

 

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前日に高島城見学と城門移築巡りをした後、山梨市方面へと車を走らせ、乾徳公園駐車場へ向かいました。

 

翌朝、登山者用無料駐車場を出発。

乾徳山は人気のある山なので、駐車場が混まないうちにと思って前夜入りしたのですが、割と空きがありました。

 

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徳和川を渡って左へ。案内に従って林道を進むこと30分。

まずは登山道入口までのガタガタ林道歩きが一つの試練でした。

 

ここから登山道へ。

 

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山頂までの標高差は約1,200mあり、登り4時間の道のりは、まさに「忍耐と努力の時間」。

途中、息が上がりすぎて「もう山の神様にお願いしようか」と思った瞬間もありましたが、そこはやはり登山の醍醐味。

頂上からの絶景を思い浮かべながら、一歩一歩、確実に登り続けました。

 

深い杉林の中は静寂に包まれています。

葉の間から差し込む光が限られるため、林の中は薄暗く、「早く抜け出したい」という気持ちが湧いてきます。

 

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やがて、緑豊かな新緑の木々の中へ。

 

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木々の間から差し込む光が、まるで自然のスポットライトのよう。

心も体もリフレッシュされる瞬間です。

 

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次に現れるのは、大小さまざまな石がゴロゴロと積み重なった道。

石の表面は風雨にさらされて、小さな草や苔が生え、自然の時間の流れを感じさせてくれます。

 

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しばらく歩くと、水場がありました。

冷たくて生き返りました。

 

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登山道は一旦平坦に。

苔や落ち葉がふかふかと広がり、歩くたびに自然の温もりが感じられて気持ちが良いです。

木々の間からは山頂方面が見えました。

 

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避難小屋が建つ国師ケ原の分岐に到着。ぐるりと周回して降りてくることができます。

 

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視線を右へ向けると鹿の親子がいました。

 

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国師ケ原の分岐を越えると斜度が増してきました。

道中には、麓にある恵林寺を開山した夢窓国師が修行したと見られる跡が見られます。

 

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恵林寺はのちに武田信玄の菩提寺となったお寺です。

下山後、恵林寺にも寄ってきたので、後日、ブログでお伝えしたいと思います。

 

森を抜けると景色は一変して、開放的な草原地帯へ。

 

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振り返れば、山々の稜線を背景に堂々とそびえる富士山の姿。

晴天のおかげで、雪を冠した富士山の白さが一層映えて、とても美しいです。

 

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ここは扇平。

木々の緑から一転、黄金色の草が風に揺れ、心が解き放たれるような開放感が気持ち良かったです。

 

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自然の偉大さと美しさに圧倒され、登山の疲れも一瞬で吹き飛びました。

 

扇平から先は再び樹林帯に入り、急な岩場が続きます。

 

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高度が上がるにつれてハシゴやクサリ場が出てきました。

 

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実はこの時、五十肩を発症していて、痛みが最もひどい状態でした。

肩の痛みが原因で登頂が難しい場合は、無理をせずに途中で引き返すつもりでした。

 

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いざ、鎖を掴んで登ってみると、肩への負担もなく、無事に登れたので、山頂目指して進みます。

 

岩の隙間を通ってみたら、この先は崖になっていました。

 

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次に現れたのが髭剃岩。奇岩続出です!

 

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登山道は多彩な景色とアドベンチャー要素が満載で、まるで自然のアスレチックのよう。

 

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カミナリ岩

 

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胎内に到着。

岩の下を縫うように進む道は、まるで自然が作り出した迷路です。

 

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ついに最後の関門、鳳岩(おおとりいわ)に到着。

 

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乾徳山といえば、この山頂直下にそびえる巨大な岩壁が有名です。

高さ約20メートルの垂直岩壁。実際に目の前で巨岩を見ると、その迫力に興奮しました。

 

どうやって登るのか、前を行く登山者を観察。

 

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いざ、挑戦! 心臓がドキドキ。

割れ目(クラック)に足掛かりを見つけながら、慎重に岩壁に挑みました。

しかし、割れ目が狭くて、ひたすら腕力で登った感じです。

 

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下を覗くとこんな感じ。

 

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実際に登ってみると、下からみるほどの恐怖感はなく、とても楽しかったです!

迂回路への選択肢もあったのですが、冒険することでスリルと達成感が味わえました。

 

乾徳山山頂は岩が積み重なり、石祠が祀られていました。

 

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登りきった山頂からは、南アルプスや八ヶ岳連峰、富士山まで見渡せる絶景が広がります。

風も心地よく、自然の雄大さを肌で感じながらの休憩は格別でした。

 

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下山は鳳岩の迂回路を通って降ります。迂回路もハシゴがあるなかなかの道でした。

 

カミナリ岩を下ります。全然怖くない!

 

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扇平まで戻ってきました。とても気持ちの良いところです。

 

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再び、壮大な富士山の絶景に感動!

 

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ここで乾徳山山頂と富士山の姿にお別れし、樹林帯へ。

 

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避難小屋の高原ヒュッテに寄ってみました。中はとても綺麗でした。

 

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下山は足への負担が大きく、だんだんと疲れもたまってきました。

ひたすら下って登山口に下山。

 

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しかし最後に待ってたのは、駐車場までの舗装路歩きの試練。これが一番きつかった。

クッション性ゼロの硬い道は、まさに足の悲劇の舞台!

「痛い!痛い!」と悲鳴をあげながら、やっとこさ駐車場にたどり着きました。舗装路歩きは勘弁してくれ!

 

 

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乾徳山は、絶景とスリル満点の山でした。

特に山頂から見下ろすパノラマビューは、まさに絶景の極み。

登山の途中には、ちょっとした危険と驚きもありましたが、それこそが乾徳山の醍醐味。

挑戦する価値がある山だからこそ、達成感もひとしおです。

 

 

それでは、次の冒険もお楽しみに!

 

 

 

 

諏訪市の高島城見学と城門移築探訪!歴史の名残を見つけながら楽しむ寺院巡り (2025.08.25)

経理部の松田です。

 

5月の連休に、長野県と山梨県へ出かけてきました。

出かけた目的は登山なのですが、登山口までは遠いので、1日目は移動日とし、2日目に登山をしてきました。

そして予定していなかった3日目に松本城を見学。

この3日間、私にとってはいずれも思い出に残る内容の濃いものだったので、ブログを3回に分けてお伝えします。

 

 

1日目は諏訪市の高島城見学と城門移築探訪です。

 

糸魚川ICで高速を降り、山道を進むと、車窓から見える風景は次第に変わっていき、遠くに見える山々のシルエットや、

木々の緑が広がる景色に心が和みます。

やがて視界が一気に開け、目の前に白馬連峰の山並みがドーンと姿を現す。

この瞬間は何度見ても、言葉を失うほど感動します。

 

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雪を頂く山々は雄大で、空とのコントラストが見事。

その迫力と美しさに圧倒され、車を少し止めて景色を楽しみました。

 

白馬連峰の圧倒的な美しさよ!

 

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さらに絶景の連鎖は続き、安曇野に向けて車を進めていると、鹿島槍ヶ岳や常念岳といった名峰が目に飛び込んできて、

壮大な山並みに視線が釘付けになりました。

 

 

さて本題へ。

ところで、皆さんは、古い城門が今もなお、お寺の境内に残っているのをご存知ですか?

 

実は、戦国時代や江戸時代の城門が、時を経て寺院に移築されているケースが多くあります。

その理由としては、戦国時代や江戸時代の城は、戦や火災で多くが失われましたが、

その城門や門柱は丈夫で立派なものであったため、時代を超えて別の場所で再利用されることが多かったのです。

特に、寺院の境内に移築されるケースが多く、歴史の名残を感じさせる貴重な遺構となっています。

 

古い石垣や門柱には、戦国時代の風格や当時の技術が感じられ、歴史好きにはたまらない発見があり、とてもワクワクします。

 

 

そういうわけで最初に訪れたのは長野県塩尻市にある「常光寺」。

松本から塩尻に続く山麓線沿いにあります。

 

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常光寺は牡丹の花が有名なお寺だそうで、

訪れた時は、数輪の花が咲き始めたばかりの様子で花びらが陽光に映えてとても華やかでした。

 

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こちらの山門が高島城から移築された城門です。

明治維新後、高島城が廃城になった際に「御殿門」が移築されました。

 

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山門の前には一休さん。

 

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境内には七福神や三猿など、さまざまな石像と置物などが安置されていて賑やかな境内でした。

 

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常光寺が建つ丘陵地からの景色がとても綺麗で、思わず車を止めて写真を撮りました。

 

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お次は諏訪市にある「温泉寺」へ。

 

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こちらが高島城から移築された城門です。しかし城内のどこにあった門かは不明とのこと。

重厚な木造の門は、時代を超えた風格を漂わせていました。

 

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また高島城にあった能舞台もこちらに移築されており、本堂として使用されています。

 

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城門の佇まいと周囲の静かな境内が調和して、とても落ち着く場所でした。

 

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織田信長が略奪したとされる梵鐘

 

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武田領へ攻め入った織田軍が下伊那郡の安養寺の梵鐘を奪い、上諏訪まで引きずってきて捨てていったものを

諏訪家が温泉寺を創建した際に寺の梵鐘としたそうです。

梵鐘には引きずられてきた跡が見えます。

 

 

境内にある多宝塔です。

 

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塔の中には、高島藩主忠恒が再造した鉄塔が奉納されています。

鉄塔は弘法大師が建てましたが、腐朽したため源頼朝が再興し、それを忠恒が石造で再造したものです。

塔の中を拝見することはできませんでした。

 

温泉寺は諏訪を治めた高島藩諏訪家の菩提寺です。

境内の奥へ進むと、歴代の諏訪高島藩主の墓所(国指定史跡)がありました。

 

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中央の御霊屋は温泉寺を創建した2代藩主・諏訪忠恒のお墓、その周りに3代~8代藩主のお墓が並んでいます。

 

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静かに佇む墓石の数々は、先人たちの時代背景や、その時代の人々の思いを想像させてくれます。

 

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参道には樹齢約320年のしだれ桜が咲いていました。

「忠恒桜」の名がついたこの桜は諏訪忠恒が大坂夏の陣に出陣した際に持ち帰って植えたものだそうです。

 

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温泉寺には平安時代の歌人・和泉式部のお墓もありました。

 

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城門のほかに思わぬ史跡もあって、とても楽しめました。

 

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高島城へ。

 

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諏訪市役所の駐車場に駐車しました。無料です。

市役所がある場所はかつての南の丸跡。南の丸は高島藩が江戸幕府の罪人を預かった場所です。

この駐車場の一角に徳川家康の6男・松平忠輝の祠がありました。

 

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忠輝は家康に勘当されて諏訪へ流刑され、高島城南の丸で過ごしました。

 

祠の前の参道橋は「諏訪鉄平石」の一枚岩です。

説明書きには、霧ヶ峰周辺で産出された石を諏訪鉄平石と言い、鉄のように固く平らであることが名前の由来と書かれていました。

 

 

天守閣を見学。現在の天守閣は昭和45年に復興されたものです。

 

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慶長3年(1598)に豊臣秀吉の家臣・日根野織部正高吉により築城され、諏訪氏の居城として270年間、その威容を誇ってきました。

お城は諏訪湖の湖水に囲まれ、「諏訪の浮城」と呼ばれていたそうです。

 

明治8年(1875)に廃藩置県により天守閣は撤去。しかし、市民の熱意によって昭和45年(1970)に高島城は復興されました。

 

 

1・2階は郷土や高島城の資料室、3階は展望室になっています。

 

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昔、お城は諏訪湖に面していたので、難攻不落のお城だったようです。

 

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南へ目を向ければ富士山の姿が!

 

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城内は「高島公園」として開放され、市民の憩いの場となっています。

 

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八重桜が咲いていました。

 

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冠木門

 

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冠木橋から見た景観がこちら。

 

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ここは川渡門跡で、現在は三の丸にあった御殿の裏門が移築されています。

昔はここから舟に乗って湖へ出ていました。

 

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多門跡

 

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諏訪家の家紋「梶の葉」

 

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本日最後に訪れたのは茅野市にある「宗湖寺」

宗湖寺は高島藩初代藩主・諏訪頼水の父・諏訪頼忠の菩提所です。

 

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こちらの山門は高島城三の丸御門が移築されています。

 

明治天皇が巡幸でこちらに訪れた際に、この井戸水でお茶を出しておもてなしをしたそうです。

 

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お寺の奥の方に公園らしきものが見えたので行ってみると、木落し公園がありました。

諏訪大社の御柱祭で、御柱を坂の上から下へ滑り落とす「木落し」が行われる場所です。

 

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御柱祭は、7年に一度、寅と申の年に行われる1200年続く伝統神事。御柱に使われるのはモミの大木だけだそうです。

 

見晴らしのよい丘陵地にあり、鉄橋の右先は茅野駅です。

 

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これにて本日の城門探訪は終了。

城門が移築された寺院巡りは、歴史の宝探しのような楽しさがあります。

移築された城門は、ただの遺構としてだけでなく、その場所の歴史や背景を知るきっかけにもなり、

案内板や資料を読むことで、当時の城の役割や戦いの様子、移築された経緯などを学ぶことができ、歴史への理解が深まります。

私は、福知山城や田辺城、飯山城の城門の移築先も訪れているので、いつの日かご紹介できればと思います。

 

 

国道20号線を韮崎方面に向けて進んでいると見えてくるのが「七里岩」

延々に続くこの断崖は、八ヶ岳の山体崩壊による岩屑なだれによってできたものです。

 

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自然が生み出したこの景観、いつ見ても凄いです!

 

崖上の台地には、甲斐国の武将・武田勝頼が築城した新府城がありますよね。

随分前に訪れていますが、また行ってみたくなりました。

 

そして、徐々に視界に入ってきたのは富士山の壮大な姿!

久しぶりの富士山、その姿はやはり圧巻です。

 

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雪をまとった富士山の頂。空の青と雪の白、そして山の深い緑が織りなすコントラストが心に響き渡りました。

 

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運転しながらも、目はひたすらに富士山に釘付け。

窓越しに見えるこの絶景は、日常の喧騒を忘れさせてくれる特別な瞬間でした。

 

 

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2日目につづく。

 

 

 

 

 

【春の京都旅】桜咲く古都の魅力を満喫してきました。続編 (2025.06.20)

経理部の松田です。

 

前回の京都旅の続きです。

春の京都夜桜と歴史の輝きを満喫した1日となりました。

 

 

南禅寺を後にして、蹴上インクラインへ向かいます。

その前に少し寄り道をして、南禅寺近くの白河通り沿いにある「不明門(あけずのもん)」を見てきました。

とても美しい門です。

 

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この門は、旧伏見城から移築された城門です。歴史の名残を感じさせる貴重な遺構です。

名前の通り、今も昔も一度も扉が開けられたことはないそう。

 

歴史の名残を見つけながら歩くのも楽しいものです。

 

 

蹴上インクラインを散策。

 

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蹴上インクラインは、琵琶湖疎水の歴史的遺構であり、船を運搬するために明治時代に作られた傾斜鉄道の跡地です。

線路を埋め尽くすようにソメイヨシノが立ち並び、桜のトンネルの壮大な景観が広がっていました。

 

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たくさんの花見客で、正直、お花見どころではない混雑。散策するにも撮影するにも苦労しました。

今朝、京都に着いた時には、すでに蹴上インクライン周辺には沢山の観光客が歩いていたので、出遅れた感はありました。

 

離れて撮るのが良さそうです。

 

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蹴上インクラインを出発し、三条通りへ。

佛光寺本廟に寄りました。

 

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ここには親鸞聖人の御真骨が納められている御霊屋があります。

 

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親鸞聖人は浄土真宗の開祖です。

若い頃に仏教に深く帰依し、比叡山や各地の寺院で修行を積みました。その後、法然上人の教えに触れ、

浄土宗の教えを深く学びました。

しかし、当時の権力者や宗教界からの圧力を受け、佐渡へ流されてしまいます。

4年後、流罪が解かれ、京都へ帰還。翌年に山科に草庵を開いたことが佛光寺のはじまりと伝えられています。

 

 

三条通りには、伝統的な町家やチョコレート店、カフェなどが軒を連ねていました。

 

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京都の古い家並みの中を流れる白川筋へ。

川沿いに柳の木が立ち並び、京都の風情を感じることができる場所でした。

 

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ここ白川筋付近には、戦国時代の名将・明智光秀の塚があります。

和菓子屋の角を曲がり、民家に囲まれた細い路地を少し進むと、ひっそりと小さな祠と石塔がありました。

 

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明智光秀は、主君織田信長を本能寺で討ち取ったのち、山崎の戦いで羽柴秀吉に敗れ、近江の坂本城へ逃れる途中、

伏見区の小栗栖の竹薮で農民に襲われて重傷を負い、自害して家臣に首を打たせたといわれています。

光秀の首は、粟田口で数日晒されたあと、この地に埋められたと伝えられているのです。

 

祠の中には光秀の木像が納められていました。

 

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五重石塔の下に光秀の首が埋められているそうです。

 

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歴史の闇に包まれた明智光秀の最期を想像させる場所です。

この場所に立つと、光秀の人生や動機、そして本能寺の変の真実について思いを巡らせずにはいられず、

歴史の重みを感じました。

ただ、有名な戦国武将の塚としてはあまりにも簡素で目立たない場所にあったのが悲しいです。

 

 

白川沿いに戻り、知恩院あたりまで歩いてくると白川に架かる細い「一本橋」が見えてきました。

幅30㎝程の細い橋です。

 

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渡ってみましたよ!

 

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近くには昭和レトロな古川町商店街がありました。

商店街を少し覗いて、途中で引き返してきたのですが、京都の台所事情も気になるところです。

 

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##4.  知恩院

知恩院古門をくぐり、坂を上がって行きます。

 

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ここは武将・酒井忠次のお墓がある先求院。徳川家康の父・松平広忠に仕え、広忠の死後は家康に仕えていました。

石柱のみ撮影。

 

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知恩院黒門の向かいにある良正院。徳川家康の次女・督姫の菩提寺です。

良正院の本堂と表門は国指定重要文化財です。

 

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知恩院黒門が絵になりますね。

 

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黒門から三門に向かって歩いていると、

「本願寺発祥の地・蓮如上人御生誕の地・親鸞聖人旧御廟所・元大谷崇泰院」と書かれた青字の石碑がありました。

 

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ここは親鸞聖人の末娘が文永9年(1272)に父の遺骨を安置するための御廟堂を建立した場所だそうです。

 

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門の横には、蓮如上人御生誕地を標した石柱が立っています。

蓮如上人は浄土真宗8代目の法主です。親鸞聖人の教えを日本中に広く伝えられました。

 

また「大谷本願寺故地」の石碑も建っていました。

 

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徳川2代将軍秀忠によって建立された知恩院の三門。

国内最大級の木造二重門で、国宝に指定されています。圧倒される大きさです。

 

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知恩院は浄土宗の総本山。承安5年(1175)に法然上人によって創建されました。

 

今日は17時45分から行われる夜間のライトアップに入場します。

開門まで時間があるので、三門の正面にあるお土産屋・三門亭でお土産を物色。

色々と試食をさせていただきました。

店員さん曰く、「今年のライトアップはとても綺麗だよ」と。期待が高まります。

 

 

拝観料800円を支払って入場。

入場は三門からではなく、庭園の友禅苑から入場しました。

 

国宝の御影堂です。

 

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御影堂の真正面にある宝佛殿。

 

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御影堂では住職のお話が行われており、その後に木魚念仏体験がありました。

御影堂を出る際には、「三方正面真向の猫」をモチーフにした缶バッジが参加者全員に配られました。

 

「三方正面真向の猫」は方丈の廊下にある杉戸に描かれた狩野信政筆の猫の絵です。

どこから見ても見る人の方を正面からにらんでいるように見え、親猫が子猫を慈しむ様子が表現されています。

いつでもどこでも見守って下さっている仏様の慈悲をあらわしているんですって。

 

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御影堂から外に出た頃には、すっかり日も暮れて、荘厳な伽藍が幻想的に照らされ、まるで別世界のようになっていました。

 

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灯りに照らされた木々や石畳が幻想的な雰囲気を醸し出します。

 

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ライトアップされた桜の木々は、まるで夢の中にいるかのような美しさです。

 

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境内ではプロジェクションマッピングも行われており、三門の扉や石段に映し出される美しい映像はまるで光の芸術。

桜の花びらが舞い散る様子が幻想的に浮かび上がり、心が洗われるようでした。

 

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何と言っても圧巻だったのは、国宝・三門のライトアップ。

高さ24メートルの壮大な門が、柔らかな光に包まれ、その威容を一層引き立てていました。

 

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写真を撮る手も止まらず、思わず見入ってしまう美しさでした。

歴史の重みと祈りの空気を感じながら、しばらくその場に佇んでいました。

忘れられない思い出になりそうです。

 

 

お次は円山公園に足を運びました。

円山公園は京都市内でも屈指の桜の名所です。

満開の枝垂れ桜がライトアップされ、その幻想的な美しさに心を奪われました。

 

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多くの花見客が訪れており、公園は非常に賑やか。

屋台がずらりと並び、焼き鳥やたこ焼き、甘いお菓子の香りが漂っていました。

あちこちで笑い声や会話が絶えず、静かな夜桜を楽しむ感じではなかったのは残念ですが…

 

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##5.  八坂神社

円山公園を散策後は、八坂神社へ。

八坂神社は平安京遷都以前からある古い神社。本殿は2020年に国宝に指定されたばかりです。

 

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舞殿の提灯のやわらかな灯りが、境内を優しく照らしています。

 

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本殿の正面にある南楼門が八坂神社の正門になります。

私はてっきり四条通りに面した門が正門だと思ってました。

 

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あの時、間違えて南楼門から出てよかったな…と。 でないと、正門である南楼門を撮り忘れてしまうところでした。

 

 

鳥居も重要文化財で国内最古のものらしいです。

 

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八坂神社の西楼門はあとで見に行くことにして、南楼門からは高台寺も近いので、ねねの道へと足を進めました。

 

先ほどの喧騒とは打って変わって、人もまばらで、まるで時がゆっくりと流れているかのような静寂な散策路。

石畳の道には、歴史を感じさせる趣のある建物や町家が立ち並び、情緒たっぷりの風景が広がっていました。

 

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ねね様終焉の地である圓徳院の一角に、豊臣秀吉を天下人に導いた仏像「三面大黒天」が祀られています。

 

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触れ仏の摩利支天。ねねの道には触れ仏がいくつかあるので探してみると楽しいかもしれません。

 

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高台寺表門をパシャリ。

 

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昨年空き地だった表門前が駐車場になっていました。

空き地の方が写真撮りやすかったし、風情があったんだけどな…

 

産寧坂にある八坂の塔も見に行ってみたのですが、真っ暗すぎて撮影不可能。

小路を抜けて東大路通へ。

 

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再び八坂神社へやってきました。

四条通に面してあるのは西楼門。八坂神社最古の建造物です。

 

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西楼門は応仁の乱により焼失し、明応6年(1497)に再建されました。

西楼門の両脇に安置されているのは、寺院の表門で見かける仁王像ではなく、平安時代の貴族の護衛役である「随身」です。

 

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それにしても、西楼門前は人通りが絶えず、物凄い人。

皆さん夜桜を見に行かれるのでしょうか。

 

西楼門越しに四条通りを見ています。

 

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西楼門前からの四条通りの様子。

 

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時刻は21時。そろそろ帰ります。

東大路通を北へ少し歩くと、「よしもと祇園花月」がありました。

 

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八坂神社から20分程歩いて、駐車場に戻ってきました。

1日よく歩きました。

 

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今回の旅では、昼と夜の京都の魅力を存分に味わうことができました。

歴史的な建築と自然の美しさに心が癒され、歴史の足跡をたどることで、過去の偉人たちの思いや志を身近に

感じることができました。

京都は、桜だけでなく歴史的な場所も訪れることで、より一層深い魅力を味わうことができますね。

 

次回は、また違った角度から京都の歴史と文化を探求したいと思います。

これにて、京都旅はおしまいです。

 

 

おまけ

観光バスのラッピングデザインがかわいかった!

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それでは、また次の旅の思い出をお届けします!

 

 

 

 

 

 

 

【春の京都旅】桜咲く古都の魅力を満喫してきました。 (2025.05.23)

経理部の松田です。

 

昨年に続き、今年も桜咲く季節に京都へ行ってきました。

京都の春は、まさに絶景の連続。歴史と自然が織りなす風景に心が奪われました。

 

今回訪れた場所は、平安神宮、永観堂、南禅寺、知恩院、八坂神社の5カ所の神社とお寺です。

誰もが知る名所ばかりですが、桜と調和する景観はさらに美しく、神聖な雰囲気が一層引き立っていました。

そのほか、道中にあった歴史上人物ゆかりの遺跡なども見てきました。

 

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岡崎公園の駐車場に車を1日駐車し、徒歩でぐるりと廻ってきました。

歩いた歩数は3万歩。途中で携帯電話の充電が切れてしまったので、正確なアプリの歩数は把握できませんが、

実際はそれ以上歩いてます。

 

 

## 1. 平安神宮

まず最初に向かったのは、平安神宮。

平安遷都1100年を記念して、明治28年(1895)に第50代桓武天皇を御祭神として創建されました。

シンボルにもなっている大鳥居、朱色の大鳥居が印象的です。

 

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正面の応天門前の左手に置かれているのは、日本最初の電気鉄道電車。重要文化財に指定されています。

 

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こちらが応天門。

 

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拝殿である大極殿は修復工事中。

外観は拝見することはできませんでしたが、中に入ることはでき、参拝してきました。

 

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平安神宮は明治28年に創建されてから、令和7年の今年は御鎮座130年の式年を迎えます。

それに伴い、伝統文化財の維持保存のために、順次修復されているようです。

総事業費14億5千万円、奉賛予定額4億円。金額に驚きです。

 

 

右が蒼龍楼、左が白虎楼。

 

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大極殿の前に植えられているのは、左近の桜と右近の橘です。

蒼龍楼を背景に、皆さん熱心に桜を撮影されていました。

 

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参拝が終わったら、平安神宮神苑へ。

 

平安神宮は桜の名所としても知られていて、神苑には約300本の桜が咲いているそうです。

神苑は、社殿を取り囲むように東・中・西・南の4つの庭からなる広大な池泉回遊式庭園です。

今回初めて、神苑も見てきました。

 

谷崎潤一郎の「細雪」にも登場する紅しだれ桜。優美な姿に思わずうっとり。

 

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ソメイヨシノやしだれ桜など境内のいたるところで異なる種類の桜が楽しめます。

 

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池に浮かぶ飛び石の「臥龍橋」

これを見ると渡らずにはいられません!

 

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街なかにあるとは思えない静けさ。

 

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桜以外にも、さまざまな花が咲いていました。

 

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神苑の中でも一番広大な庭園が東神苑。

静かで厳かな空気の中、心が洗われるような時間でした。

 

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泰平閣を渡ります。泰平閣から見る庭園も美しかったです。

 

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泰平閣を渡ると、結婚式の写真撮影が行われていました。

 

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こちらにある石柱は、豊臣秀吉によって作られた三条大橋と五条大橋の橋脚に使われていたものです。

先ほど渡った臥龍橋も同じ石柱が使われています。

 

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石柱を過ぎると、神苑の出口です。

白虎楼から入場して蒼龍楼から出てきました。

 

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平安神宮前にある岡崎公園ではイベントが開催されていて、沢山の方が訪れていました。

猿回しやよさこい踊りが行われていたり、屋台の出店もあって非常に賑やかでした。

 

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京セラ美術館。

 

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モダンなデザインと伝統的な京都の風情が融合した美しい外観が印象的です。

館内には入りませんでしたが、外から眺めるだけでも、その洗練されたデザインと周囲の自然との調和に心惹かれました。

 

 

大鳥居の前に架かる橋から見渡す琵琶湖疏水の眺めも良いです。

 

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琵琶湖疎水は京都の歴史的な水路であり、琵琶湖から京都へと水を引くために作られたものです。

こちらの桜並木も圧巻。屋形船が風情を感じます。

 

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春のこの季節は、桜や新緑が美しく、静かな流れとともに心が癒されました。

 

 

京セラ美術館の隣は「京都市動物園」

 

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動物園の横を通って永観堂に向かっていると「白河院址」がありました。

もとは藤原良房の別荘で、藤原一族によって代々受け継がれてきたのですが、平安時代に白河天皇に献上し、

白河天皇によって法勝寺が建立された地です。

 

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現在、白河院の遺構はほとんど残っていませんが、当時の庭園や建物の一部は、京都市内の史跡として保存されています。

 

 

## 2. 永観堂

次に向かったのは、永観堂。正式には禅林寺といい、仁寿3年(853)の創建です。

こちらは秋の紅葉で有名ですが、春の桜も見事でしたよ。

 

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建物は本格的な書院造り。

堂内は長谷川等伯や狩野派の華やかな襖絵で飾られており、とても見応えがありました。

 

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各お堂は渡り廊下でつながっており、多彩な庭園が点在。

まるで絵画のような風景に写真を撮る手が止まりませんでした。

 

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堂内は撮影禁止ですが、庭園撮影はできました。

 

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境内で最も高い場所にあるのが多宝塔です。

 

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こちらは、外から見た阿弥陀堂。

豊臣秀吉の息子である豊臣秀頼により、慶長12年(1607)に大阪の四天王寺から移築された建物です。

 

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阿弥陀堂に祀られているのは、お顔をななめ後ろに向けている珍しいお姿の「みかえり阿弥陀」です。

後方を振り向く姿は、「思いやり深く周囲を見つめる姿勢」「愛や情けをかける姿勢」「遅れた者たちを待つ姿勢」など

慈悲の姿が現されているそうです。

撮影はできませんが、穏やかな優しいお顔が印象的でした。

 

 

開山堂へと向かう階段状の回廊が「臥龍廊」

山の斜面に沿って作られていて、1本の釘も使われていないんだそう。

 

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桜の花びらが風に乗って、廊下に舞い散る様子もまさに絶景でした。

 

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甘茶が用意されていたので、庭園を見ながら暖かいお茶のひとときを楽しみました。

 

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建物の外へ出て、石段を上がって多宝塔へ。

そこは京都の街並みを一望できる絶景スポットでした。

 

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多宝塔が建つ場所はスペースが狭く、ここからは多宝塔全体を写真に収めることは出来ませんでした。

 

下に降りて境内を散策。

こちらは「勅使門」。天皇の使者・勅使が寺院に参向した際に出入りに使われる門です。

 

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御影堂

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この放生池の周りや、境内のいたる所に紅葉が植えられていたので、秋にも一度訪れてみたいところです。

 

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放生池越しに多宝塔を撮影。

 

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絵になりますね 。

暖かい陽光とさわやかな風に包まれながら、春の京都の風情を存分に味わいました。

 

 

お次は、新島襄と八重のお墓へ。

 

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京都の風情ある散策路「哲学の道」。

 

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哲学の道に到着すると、木々に囲まれた小さな鳥居と石段が見えてきます。

そこが熊野若王子神社。

 

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境内はこぢんまりとしていますが、永暦1年(1160)に後白河天皇が永観堂の守護神として造られた神社です。

 

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熊野若王子神社を通り過ぎ、山道を登ります。

 

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かなりの急坂です。

階段で整備されていますが、登り口でお助け杖をお借りました。

 

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登ること20分、お墓に到着。

 

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新島襄は同志社大学の創設者。

お墓はシンプルながらも、静謐な空気に包まれており、彼の志と努力を偲ぶことができました。

 

隣には、妻の八重の墓。

八重は幕末の会津藩で砲術師範の娘として会津戦争を戦った「幕末のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた方です。

 

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この場所に立つと、彼らが歩んだ激動の時代と、その中で揺るぎない信念を持ち続けた姿が目に浮かびます。

静かに手を合わせながら、未来を切り拓いた先人たちの思いに思いを馳せました。

 

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この日は同志社の女子学生の方が沢山訪れていて、お墓を清掃されていました。

お借りした杖はこちらで返却しました。

 

 

次は南禅寺へ。道中にあったのが、東山高校。

 

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バレーボール日本代表の高橋藍選手や、サッカー日本代表の鎌田大地選手などを輩出している有名校。

周辺には観光名所が沢山あり、歴史的な街並みや自然に囲まれた環境で学ぶことができるのはいいですね。

 

水の流れがきれいだったので、立ち止まって撮影。水の流れに潤されます。

 

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##3. 南禅寺

南禅寺は京都を代表する禅寺の一つ。

正応4年(1291)に鎌倉時代の禅僧・無関普門(むかんふもん)によって創建されました。

室町時代には、足利義満によって大規模な伽藍の整備が行われ、京都の禅宗の中心地として発展しました。

 

大寂門をくぐって南禅寺の境内へ。

 

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国宝「方丈」や、「三門」をはじめとした重要文化財、国名勝の方丈庭園など、境内には見どころが豊富です。

 

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まずは重要文化財の三門。

 

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大坂夏の陣で戦った武将や兵士の慰霊のために藤堂高虎により寄進された門です。

 

高さ22メートルの巨大な三門は、重厚感のある威風堂々とした佇まいです。

南禅寺の象徴とも言える存在ですね。

 

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三門の楼上に上がることもできます。

 

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石畳の道と桜のコントラストが印象的でした。まさに絶景。

歌舞伎「楼門五三桐」で天下の大泥棒・石川五右衛門が発した名セリフ「絶景かな、絶景かな」は有名です。

 

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こちらは法堂。

天井には画家・今尾景年による幡龍の絵が掲げられていました。

 

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満開の桜が境内を彩り、美しい。

 

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方丈を拝観。静寂な雰囲気が漂います。

狩野探幽作の「水呑みの虎」をはじめとする襖絵は見どころありました。

 

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風情溢れる枯山水庭園。

 

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縁に腰を下ろして、美しく手入れされた庭園をゆっくりと眺めたいところですが、

まだまだ見たいところがいっぱいあるので先を急ぎます!

 

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赤レンガのアーチ「水路閣」

ここだけ近代的な香りが漂う、ノスタルジックな景観。

 

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人気スポットなので観光客を写さないで写真を撮るのは難しいですね。

 

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南禅寺の境内にある「天授庵」

ここも庭園で有名。枯山水と池泉回遊式の2つの庭園があります。

 

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建物内部は拝観できませんが、お庭を見て廻ることができます。

 

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多くの方が縁側に腰かけて、景色に見入っていました。

 

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池に黄金色の鯉が! なにか良いことがありそう♪

 

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山名宗全(やまなそうぜん)のお墓がある「真乗院」

山名宗全は室町時代の武将であり、応仁の乱で細川勝元と11年間にわたり対立した人物です。

 

この応仁の乱の兵火により、南禅寺は寺全体が焼失してしまったのです。

その後、 徳川家康の側近・以心崇伝(いしんすうでん)により南禅寺は再建されました。

 

中には入れなかったので、門の前にある石柱を撮影してきました。

 

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最後に「金地院」も見てきました。

 

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もともとは室町時代に足利義持が創建。その後、慶長10年(1605)に南禅寺の住職・以心崇伝が復興・再建した

お寺です。

建物は伝統的な建築様式で禅の精神を感じさせる落ち着いた空間でした。

 

石畳を進んでいくと東照宮があります。

 

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こちらが東照宮。

 

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徳川家康の厚い信頼を得ていた以心崇伝。東照宮には家康の遺髪と念持仏が納められています。

天井には狩野探幽による「鳴龍(なきりゅう)」が描かれていました。

 

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手を伸ばして撮ってみたけど、上手く撮ることはできず。

 

静謐な風景が広がる特別名勝の「鶴亀の庭」

今日はいくつもの庭園を見てきましたが、一番心が落ち着ける場所だったかも。

 

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「この門を入れば 涼風おのづから」

境内を歩きながら、歴史の重みと春の息吹を感じることができた南禅寺。

 

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これにて南禅寺を離れ、次の目的地へと向かいますが、記事が長くなってしまったので続きは次回に。

京都の歴史的なスポットを巡った旅の思い出はまだまだ続きます!

 

 

【KAJIグループ新工場見学レポート】未来を創る最先端の現場に潜入! (2025.04.25)

経理部の松田です。

 

今日は、私が先日訪れたKAJIグループの新工場についてのレポートをお届けします。

最新の設備と熱意あふれるスタッフの皆さんに触れ、未来のものづくりの現場を体感してきました。

 

4月10日にKAJIグループが石川県かほく市に日本最大級の産業観光施設「KAJI FACTORY PARK」をオープン。

KAJIグループのテキスタイルブランド「KAJIF(カジフ)」を通じて、生地がどのように作られているのか、

実際の生地製造の現場を見学できるほか、北陸のものづくりを紹介するセレクトショップや

地元食材を使用したレストランも併設されていました。

 

 

まずは外観から圧倒される規模感

 

KAJIグループは金沢の繊維メーカー。極薄のナイロン織物の製造技術と品質は世界トップレベルです。

KAJI FACTORY PARK は「日本の繊維を元気にしたい」という想いから、

単なる工場ではなく、産業観光を通じて繊維業界の可能性を発信する挑戦の場として建設されました。

 

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広い敷地に、モダンなデザインの外壁とエコを意識した緑豊かな環境が調和していて、まさに未来志向の工場という印象です。

 

 

いざ、内部へ!最先端の生産ライン

 

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建物内に入ると、まず目に飛び込んできたのは「クリール」といわれる経糸を整える準備工程で使用する糸掛スタンド。

クリールには600-800本の糸が掛けられ 、各コーンから繰り出された糸がその先にある「ビーム」に巻き取られます。

 

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こちらが「ビーム」。クリールから繰り出された糸を巻き取る大型の糸巻きボビンです。

細い糸がビームにつながっているのがわかりますか?

 

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この経糸を整える作業が製品のクオリティに大きく影響するのだそう。

実際に工場で使用されている機械と同仕様のものです。

 

 

まずは工場見学!最先端の生産現場を間近に

 

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「KAJIF」の多様な生地の特徴や織物の製造工程を見ながら、織物の構造を学べるようになっていました。

ロゴに使用されている「79」は金の元素番号を表していて、金が高価な価値を持つことになぞられているとのこと。

 

KAJIFは糸の開発から織り、編み、染色、加工の選定まで、すべての工程を自社で企画・設計しています。

 

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モンクレールやヘルノなどのダウンジャケットにもKAJIFの合成繊維が使用されています。

世界のトップブランドに採用されるほど高品質な製品です。

 

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織物とは何か?

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製造工程パネル

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日本の繊維産地を紹介したパネルと生地

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世界的にも高い技術を持つ日本の繊維。繊維産地の素材に触れて特徴を知ることができます。

北陸は古くから織物製造が盛んな地域。日本三大繊維産地の一つとして重要な役割を果たしています。

 

 

実際の製造現場。広々とした生産ラインが目の前に広がります。

 

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最新鋭の自動化ライン。

 

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ウォータージェット織機が整然と並び、その精密さとスピードに驚きました。

水の力で緯糸を飛ばしながら織り上げていくそうです。緯糸は1分間に500回以上飛ばすことができ、そのスピードは時速180km。

その光景は近未来的です。

 

 

音量にご注意!

 

 

 

 

オリジナルブランド商品と地域の工芸品

 

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KAJIグループのオリジナルブランド商品と北陸産の伝統工芸品が販売されていました。

 

 

「TO&FRO」は軽量・機能性を追求したトラベル雑貨ブランド。

 

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「K-3B」はファクトリーブランド。

 

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「79 COLLECTION」は北陸のものづくりを紹介するセレクトショップ。

 

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輪島塗や能登島ガラス工房で作られた風鈴やガラス食器なども。

 

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福井県鯖江市の眼鏡フレームの素材を利用して作られたアクセサリー。

 

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高品質な素材を使ったアイテムやデザイン性の高い商品が並び、見ているだけでワクワクしました。

また、KAJIFの生地を使ったワークショップも開かれていました。

 

 

見学の途中には、工場併設のレストランで休憩。

広々とした空間でゆっくりと食事を楽しむことができます。

 

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家族で楽しめる!自然と触れ合えるスペース

 

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敷地内には子ども用の遊具や多数のベンチなども配置されていました。

家族連れの方も多くいらしてたので、のんびりと自然と触れ合えるスペースがあるのはいいですね。

 

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晴れた日は立山連峰も眺めれるのかな?

 

 

地域の産業を知ることができる貴重な体験

 

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工場見学を通して、普段見られない裏側や技術の粋を感じることができ、繊維の魅力を楽しむことができました。

また、効率的かつ高品質な製品を生み出している様子に感動しました。

最新技術と革新への取り組みは、未来への強い意志と技術力の証なのではないでしょうか。

 

新工場「KAJI FACTORY PARK」は単なる生産拠点だけでなく、さまざまな付加価値を創出する場なんだと感じます。

工場見学を通して、訪問者に技術や繊維の魅力を知ってもらうことで、自社ブランドの価値が高まります。

訪問者にとっても、地域の産業を知る学びや体験、購買の機会になりそうです。

 

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産業観光施設として内容盛りだくさんの楽しい一日でした。

 

 

 

加賀藩前田家ゆかりの寺院めぐり ~小立野寺院群~ (2025.04.18)

経理部の松田です。

 

2月はじめ、金沢三寺院群のひとつ、小立野寺院群を見て廻ってきました。

小立野寺院群は浅野川と犀川に挟まれた小立野台地に位置し、加賀藩前田家ゆかりのお寺が多く点在しています。

小立野台地一帯は急な坂道が多く、大通りから一本中へ入ると道幅も狭く、車のすれ違いが困難な道が多いですが、

趣のある小路がたくさん残っているので風情豊かな町並みを楽しむことができます。

 

今回廻ってきたのは、丸で囲った前田家ゆかりの5つの寺院です。

地図は金沢市観光公式サイト「金沢旅物語」から拝借しました。

 

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最初に向かったのは「永福寺(ようふくじ)」金沢市東兼六町18-8

 

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このお寺は加賀八家の1つ、奥村家の菩提寺です。

加賀藩の家老だった奥村永福が慶長4年(1599)に前田利家より寺地を得て建立しました。

能登の末森城の守将として佐々成政の攻撃から城を死守した話は有名です。

 

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ちなみに加賀八家とは、加賀藩の家老のこと。八家あったことから加賀八家といいます。

 

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つづいて「宝円寺(ほうえんじ)」金沢市宝町6-14

前田利家が建立したお寺であり、前田家代々の菩提寺です。利家の葬儀はこのお寺で行われました。

 

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前田家一族のお墓の前には鳥居があります。

 

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墓所内には前田利家の自画像と髪を納めた御影堂と御髪堂があります。

 

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慶長4年(1599)2月、前田利家が決死の覚悟で徳川家康との伏見城会議に向かう際に、遺髪として髪を切り、

自身の姿を描いて、住職に地中深く埋めさせた場所です。

 

そして、宝円寺には江戸初期の画聖・俵屋宗達のお墓もあります。

 

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俵屋宗達といえば、風神雷神を描いた人であり、風神雷神図屏風が有名です。

 

宗達って金沢の人だったっけ? 京都だよね!?

なのになぜ金沢にお墓があるのか?

 

俵屋宗達は京都と金沢に工房をもっていたそうですが、その生涯には不明な点が多く、生まれや亡くなった年も不詳です。

大正2年、宝円寺の墓地で倒壊した大きな五輪塔が発見され、五輪塔に刻まれていた内容が宝円寺の過去帳と一致したことから、

俵屋宗達のお墓であることが判明したんだそうです。

 

 

高台にある宝円寺の墓地からは金沢の街並みと卯辰山の見晴らしが良いです。

 

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宝円寺に行くときは俵屋宗達の石柱が目印。

 

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3つ目は「松山寺(しょうざんじ)」金沢市東兼六町5-6

加賀八家・横山家の菩提寺です。慶長4年(1599)、横山家2代長知が創建しました。

 

山門は金沢市指定文化財です。

 

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江戸時代、加賀藩は徳川幕府から二度にわたり、謀反の嫌疑をかけられますが、その疑いを解くために奔走したのが横山家。

加賀藩存亡の危機を救いました。

 

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本堂の前には2本の大きなモミの木が立っています。

 

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松山寺の横には兼六園に向う「八坂」があります。かなりの急坂です。

 

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4つ目は「棟岳寺(とうがくじ)」金沢市石引2-4-6

棟岳寺は、越前南条郡領主の赤座直保が父母の供養のために建立した寺院です。

慶安2年(1649)に加賀藩3代藩主の前田利常から現在地を拝領しました。

 

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関ヶ原の戦いでは、西軍の大谷吉継の軍に付いていた赤座直保ですが、小早川秀秋が東軍に寝返ったのを機に、

直保みずからも大谷軍を攻撃。東軍が勝利したものの、家康により領地は没収されてしまいます。

その後は加賀2代藩主前田利長に仕え、松任城の管理などを任されました。

赤座直保の子・孝治は前田氏の命で永原姓に改姓し、加賀藩士として存続しました。

 

赤座直保のお墓です。赤座の姓が残る唯一のものかもしれません。

 

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境内には水府義勇塚と永原(赤座)甚七郎のお墓もあります。

永原甚七郎は、天狗党追討時の加賀藩の監軍でしたが、天狗党救済のために奔走しました。

 

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これは夜見ると怖いやつ~

 

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最後にやってきたのは、珠姫の寺「天徳院(てんとくいん)」金沢市小立野4-4-4

元和9年(1623)、加賀3代藩主前田利常が24歳の若さで死去した正室 珠姫の菩提寺として天徳院を創建しました。

 

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珠姫様は慶長4年(1599)に徳川2代将軍秀忠の次女として生まれました。

珠姫様が徳川家と前田家の架け橋となるべく金沢城に輿入れしたのはわずか3歳のとき。

 

珠姫様の生涯は加賀百万石の危機を救い、その繁栄に尽くされたことは有名です。

今も金沢市民に敬愛され親しまれています。

 

石川県指定有形文化財の山門です。

1768年の火災で諸堂を焼失しましたが、山門だけが唯一焼け残りました。

 

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創建当初から残る歴史的価値の高い建物だと思うので、私的には国宝に指定されて欲しいな…

 

 

山門の下には大きな香炉が置かれています。

 

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山門をくぐると左右に回廊が続いており、本堂へは右の回廊を進みます。左の回廊は墓地へと続いていました。

 

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本堂へ続く回廊の途中に「水かけ金洗い弁財天」があります。

ヘビの口から流れる水でお金を洗うと金運をさずけてくれるようです。

 

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拝観料500円を収めて本堂内へ。

 

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お顔が隠れている珠姫の御尊像。

夫婦円満、家庭円満の象徴として祀られています。

 

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本堂内には珠姫様ゆかりの品が展示されていました。

 

玉姫様の枕屏風

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珠姫様お手作り紙雛人形

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前田家の家臣石黒家に代々家宝として伝えられてきた珠姫様手作りの雛人形だそうです。

袖には徳川家の葵の紋様と梅花の紋様が描かれています。

 

珠姫の生涯を描いたからくり人形劇「珠姫・天徳院物語」が上演されていたので、こちらも見てきました。

わずか3歳ではとても心細く、寂しかっただろうと思うのですが、

3男5女を立派に育てられた珠姫様の家族愛溢れる生涯に胸がじーんとなりました。

 

 

本堂と回廊で結ばれた鎮守堂。

 

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巨大なお面は迫力満点。

 

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金沢の工芸品「加賀てまり」は、珠姫様が輿入れの際に手まりを持ってきたことが始まりと言われています。

 

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随分昔のことになりますが、2010年3月にNHK教育で「美の壷」スペシャルとして金沢が2週連続で放送されました。

その中で、幼い珠姫が花嫁道具に持参した手まりで遊ぶシーンがあり、その珠姫役に当時5歳だった姪っ子が出演。

山代温泉の旅館で撮影され、本格的な撮影セットに本人は緊張して顔がこわばってしまったのだとか。笑

 

 

本堂を見たあと、庭園も見てきました。手入れが行き届いていてとても綺麗でした。

 

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こちらは鎮守堂の外観です。天狗様がこちらを見ています。

 

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この日は女性観光客の他、外国人の方も拝観に来られてました。

多くの方に加賀百万石の歴史を知っていただけると嬉しいです。

けれど本堂の床が冷たくて足が凍えたー

 

最近、お寺ばっかり見てまわってるような気がしますが、

歴史を探るきっかけとなり、歴史に思いをはせる時間もいいものです。

 

 

人気の谷川岳登山。初級コースでも手ごわかった… (2025.03.19)

経理部の松田です。

 

久々の登山ブログ。

昨年9月に日本百名山の「谷川岳」に登ってきました。

谷川岳は新潟県と群馬県の県境にそびえ、トマの耳(1963m)とオキの耳(1977m)と呼ばれる2つの頂きを

もつ双耳峰です。

谷川岳は気象の厳しさでも知られ、そのため森林限界が低いので、標高3000m級の高山に匹敵する大パノラマを

楽しむことができます。

 

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登山コースはいくつかありますが、私は一般的なロープウェイ利用の天神尾根コースで登りました。

天神尾根コースは初級向けコースと言われてますが、

 

皆さん、侮るなかれー!!

 

距離は短くはないし、岩場・鎖場もある本格的な登山ですよ。

装備も体調もしっかり準備しないとキツイですよ!

 

 

前日の夜に自宅を出発し、北陸道の上越ICで高速を降り、下道で越後湯沢へ。

途中コンビニで翌日の食料を調達し、湯沢ICから水上ICまで関越道を利用して谷川岳へと向かいました。

 

深夜12時前にはロープウェイ乗り場がある谷川岳ベースプラザの駐車場に到着。

何度も通ったことがある道でしたが、久々の夜道の運転は疲れた…

 

関越トンネルを抜けると群馬県側は雨が降ってました。谷川岳連邦は急激に天候が変化することが多いのです。

過去にも谷川岳の駐車場まで来ながら翌朝天気が悪くて登山を断念したことがあります。

谷川岳の明日の天候は ″曇りのち晴れ″  たぶん大丈夫でしょう…た・ぶ・ん…。就寝。

 

……う~ん眠れない……眠れないなぁ。最近体力が爆落ちしてて、山頂まで歩き通せるか不安で全然眠れない。

結局朝まで一睡も出来なかった。

 

最悪ー⤵⤵⤵

 

 

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ロープウェイ代は大人往復3000円也

「今日は雷注意報がでてるので気をつけてください」とのこと。大丈夫なのか?

 

ロープウェイで約15分、天神平駅に到着。

ここで朝食のコンビニおにぎりを頬張り、トイレを済ませてからスタート!

けれど、外に出てみれば小雨模様。

 

雨ふってるやん!

 

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雨具を着るほどではないのでそのまま出発。

 

本日の行程は天神尾根を歩いてトマの耳を経由し、オキの耳までをピストンするコースです。

最初はなだらかな道を進みます。

木道も敷かれており、歩きやすい道が続きます。

 

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序盤から岩場もでてくる。

雨で濡れていると滑りやすいので慎重に岩を乗り越えていきます。

 

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樹林の中は、それほど雨に濡れることはなかったのですが、次第に木々が低くなり、服もザックも濡れ始めたので

レインジャケットを着用。

しかしザックカバーを忘れてしまい、ザックの上からレインジャケットを羽織りました。なんとか袖に腕を通す。

カメラはザックの中に仕舞ったので、しばらくは写真がありません。

 

 

熊穴沢避難小屋に到着。ここで少し休憩。

写真は下山時に撮ったものです。

 

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この後いよいよ本格的な登りになります。

 

すぐに急な傾斜の岩場が出現。

岩が濡れているとかなりキツイ。滑り落ちそうで神経をすり減らします。

 

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この後も岩場と鎖場が連続。傾斜も上がっていくのでかなりしんどいです。

初級コースといえど、 かなり手強いぞ!

 

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休憩ポイントの天狗の留まり場に到着。

ガスで何も見えないので黙々と登ります。

 

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しばらく歩くと、右手に天神ザンゲ岩。

寝転ぶのにちょうどいい斜度でした。一秒でも寝たい!

 

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それにしても、なんでこの名前なんでしょうか?

 

 

周囲が開けてきました。

 

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階段状の登山道を登りきると、やっと肩の小屋に到着。

売店で登山バッジを購入しました。

 

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稜線へ。

11時、雨が上がって空が明るくなってきました。

天気予報ではちょうど11時から晴れ予報だったので、青空になることを期待しながら山頂へ。

 

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トマの耳(1763m)の山頂に到着。

あいにくガスの中。本来なら360度の大パノラマを楽しめるはずなんだけど…

 

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展望がないので写真だけ撮ってオキの耳へ向かいます。

 

 

振り返ってトマの耳方面を撮影。

 

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オキの耳へはいったん登山道を下って登り返します。

 

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オキの耳(1977m)の山頂に到着!

 

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青空がキター!

 

時折、ガスが晴れて、美しい稜線と山肌が姿を見せてくれました。

その度に登山者から歓声があがります。やはり綺麗な景色が現れると気分が上がります。

 

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笹が広がる一帯はまるで緑のカーペットのよう。

 

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谷川岳は非対称山稜。写真の左側は険しい岩壁です。

谷川岳の一の倉沢はロッククライミングで有名ですが、死者数世界一の記録を持つため「魔の山」とも言われています。

 

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もう少しだけ先に進んでみました。

富士浅間神社の奥宮があります。

 

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さらに稜線は一ノ倉岳・茂倉岳と続きます。

時間に余裕があれば、茂倉岳まで行ってみたかったのですが、

体力とロープウェイの最終時間を考えると行けそうにないのでここで引き返しました。

 

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いつかそっち方向にも歩いてみたい!

 

 

足元には高山植物がちらほら。

オオカサモチ

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ハクサンフウロ

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ホソバコゴメグサ

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葉につく雨の雫が神秘的でした。

こういう景色に出会えるのも雨の日ならでは。新しい発見があっていいものです。

 

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トマの耳でもう一度写真を撮っておこうと思ったら、標柱の前でご年配の男性が何やら困っている様子。

声をかけると、携帯電話の画面が真っ暗になって写真が撮れないとのことだったので直してあげました。

ついでに記念写真を撮ってあげたら、「ありがとう、これで山頂に登ったことを家族に証明できるよ」って

喜んでました。笑

 

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眼前に広がる大展望。日本百名山だけあって景色は抜群です。

 

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名残惜しいですが、そろそろ下山。

急勾配に階段が設置された道。この登りはきつかった。

 

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熊笹と若干紅葉した草紅葉がきれいでした。

 

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天狗の留まり場から下を見下ろす。ロープウェイ乗り場まで遠いなー

 

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帰りは疲れ果てて 無言。ハァー

 

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登りの時は雨で何も見えませんでしたが、下山時は木々の間から谷川岳を望みながら歩きました。

 

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ヘトヘトになって無事下山。

 

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現在、谷川岳ロープウェイを管理しているのは星野リゾートです。

この日、駐車料金はなぜか無料でした。

 

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最後に陽が射した谷川岳をパチリ。

 

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またね。

 

下山後はまっすぐに自宅に帰りました。

 

山で過ごす時間はとってもリフレッシュになります。

山に登って、山に励まされて降りてくる! そんな感じです。

 

 

古都奈良の世界遺産巡り(後編) (2025.02.28)

経理部の松田です。

 

前編の続き

2日目も奈良の世界遺産巡りです。

 

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その前に、JR奈良駅からほど近い伝香寺へ寄りました。

伝香寺は戦国の名将・筒井順慶の菩提所となっているお寺です。

 

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筒井順慶は戦国時代に大和を統治し、織田信長の命により郡山城を築城。

前回のブログで登場した嶋左近が最初に仕えていた方です。

 

拝観時間は9時からなのですが、8時半に着いてしまって…

係員に「どこから来たの?」と聞かれ、「金沢からです。筒井順慶の供養塔を見に来ました」と答えると、

「遠くから来たね、今開けてあげるよ」と。

 

係員に案内されながら境内へ入っていくと、すぐに筒井氏の五輪塔が建っていました。

 

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奥へと進み、鍵がかかった建物の扉を開けて見せてくれたのが、

通称「はだか地蔵尊」として親しまれている裸形地蔵菩薩立像(重要文化財)です。鎌倉時代の作。

 

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衣の着せ替えは1228年より毎年7月23日に行われているとのこと。

監視カメラ付きの厳重な扉にビビりましたが、「写真撮っていいよ、ゆっくり見ていって」とおしゃってくれ、

普段は拝見できない貴重なものを特別に見せてくれました。

 

写真には写っていませんが、伝香寺の本堂は1585年8月11日に筒井順慶の一周忌に建立された仏殿です。

中に祀られている釈迦如来座像は、京都方広寺の大仏のモデルとなった仏像なんですって。驚きです。

 

 

花は咲いていませんが、こちらは奈良三名椿の一つ「散り椿」。

通常の椿と違って、花びらが一枚づつ散ってゆくとのこと。係員さんが色々説明してくれてました。

 

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お次は春日大社へ。

道路には『鹿注意』の標識。鹿が飛び出してくる可能性があるので注意して運転を!

 

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春日大社もまた奈良を代表する世界遺産。

約1300年前の奈良時代に平城京の守護と国民の繁栄を祈るために創建されました。

 

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鹿は春日大社の「神鹿」です。神様の使いですよ!

 

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春日大社の主祭神である武甕槌命(たけみかづちのみこと)は、鹿島神宮(茨城県)から白鹿に乗って

奈良にやって来たという言い伝えから、奈良の鹿は神様の使いとされています。

 

「もののけ姫」に出てくる「シシ神」のようです。

 

鳥居をくぐると伏鹿手水所があり、ここで手と口を清めてから参拝します。

 

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隣には祓戸神社。境内には小さな神社がいくつもありました。

 

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両脇にずらりと並ぶ石燈籠。美しい景観です。

 

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石燈籠の間から鹿がひょっこり。まるで、もののけの世界。

 

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森の中をゆっくりと巡り、階段を上がると南門。

 

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そして鮮やかな朱塗りの社殿へ。

 

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眠れないことがあります。

不意に、漠然とした不安におそわれて。

 

現代人にストレスはつきものだけど、毎日がストレス、憂鬱、怒り、不安の連続。

欲望と願いは尽きないけど、敢えて何も願わず無の心で手を合わせてきました。

 

ですが何を思ったのか、人生初のおみくじを引いてみたら、なんと大吉ゲット!

\これって運命の扉が開いたってこと?!/

 

あまりにも都合のいい解釈ですが、とりあえず後悔のない日々を過ごしていこうと思います…。

 

 

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西回廊を歩いて社殿の外へ。

 

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回廊の途中にあったのは八雷神社。

本殿の鬼門を守り、八大龍王の力により雷と黒雲を自由に扱う神様。人々の願いを叶えられる神様です。

 

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他にも境内を歩いていて出会った神社が以下4つ。

 

総宮神社

住まいを授け、住む人の平安をお守りくださる神様です。

 

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一言主(ひとことぬし)神社

ひとつだけ願いを叶えてくださる神様。願い事が沢山あって一つに絞り切れないなぁ。

 

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龍王社

運気を上昇させ富貴に導く神様。

 

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水谷神社

医薬の神として病気平癒や福徳円満をもたらす神様。横に伸びる大樹はイブキの木です。

 

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境内では多くの鹿にも出会います。

鹿せんべい売場の前で客を待つ鹿たち。

 

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鹿せんべいを手にした途端、鹿が群がってきます。

 

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私も鹿せんべいをあげてみたら、鹿に囲まれて身動きがとれなくなってしまいました。

〝早くくれ″と言わんばかりに突進されたり、引っ張られたり。

〝待って待って″と言っても通じやしない。鹿に甘く見られてしまったのか?!

 

 

めっちゃ懐いてるやん!

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かわいいバンビちゃんの姿も。

おせんべい欲しいのに、大きな鹿の前では遠慮気味で後ずさりしてました。

 

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めちゃくちゃ可愛かった!

 

鹿たちは人懐っこいけど、野生動物なので優しく接してあげましょう。

なんせ神様の使いですから。

 

 

境内にある国宝殿も見てきました。

春日大社が所有する国宝や重要文化財を所蔵する美術館です。

 

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これは舞楽演奏に用いる日本最大の鼉太鼓のレプリカ。

本物の国宝は2階に展示されていました。鎌倉時代の作。源頼朝が寄進したんだそう。

 

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ということで、春日大社の神秘的な空気を感じた後は次の目的地へ!

途中、平城宮跡の「朱雀門」前を通過。今回は時間がないので寄りませんでした。

 

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向かうのは西ノ京エリア。

奈良へ来たら忘れてならないのが唐招提寺。(個人的に)

 

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南大門の前から中を覗いたら、天平時代の風がフワッと舞い込んできたー。

なんだかタイムトラベルした気分!

 

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唐招提寺は、苦難の末に来日を果たされた唐の高僧・鑑真和上が、759年に仏教を学ぶための修行の道場として

建立しました。

 

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正面に荘厳な姿を見せる金堂は、奈良時代建立の現存するお堂です。

唐招提寺には、金堂をはじめ、講堂、鼓楼、経蔵など創建当初の建物(国宝)が多く残っています。

 

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印象的なのは、スッと空に伸びる大屋根と整然と並んだ8本の柱たち。

修学旅行で訪れた時にこの美しさに感動し、それ以来ずっと記憶に残っていました。

 

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金堂の中は撮影禁止。

本尊は盧舎那仏坐像、左右に薬師如来立像と千手観音立像が並んでいました。いずれも国宝です。

 

講堂(国宝)

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鼓楼(国宝)

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経蔵(国宝)。日本最古の高床式の校倉です。

 

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宝蔵(国宝)

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鑑真和上の墓所は境内の奥まった場所にあります。

塀は土と瓦を交互に積まれたような造り。

 

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門をくぐると苔で覆われた神秘的な空間が広がっていました。冬なのにふかふかな緑が美しいです。

 

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立派なお墓です。

 

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そしてお墓の横に『天平の甍 井上靖』と刻まれた石碑が!

井上靖の小説が大好きな私はテンションが上がりました。

 

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小説『天平の甍』は、奈良時代に4人の留学僧が遣唐船で唐へ渡り、鑑真を苦心のすえに日本に招いてくる経緯を

描いた小説です。

当時は船で海外に行くことは命がけ。6度にもわたる挑戦で訪日をはたす鑑真の苦難の道が描かれています。

 

何度も写真を撮っていたら、外国人観光客に〝これは何?″と英語で尋ねられ、

指をさしながら〝テ・ン・ピ・ョ・ウ・ノ・イ・ラ・カ″と答えた私。

その意味を上手く説明できなくて、英語力のなさに落ち込みました。⤵⤵⤵

 

 

こちらは修復された開山堂。鑑真和上御身代わり像が安置されています。

撮影禁止なので屋根だけ撮影。青空がとても綺麗だったー。

 

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自然に包まれた静かな境内

 

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境内に咲いていたサザンカ。

透き通るような白い花びらが綺麗でした。

 

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金堂の屋根の連なりが本当に美しい。

この魅力的な姿、心をわしづかみにされちゃいますね!

 

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天平時代の面影が残る唐招提寺。

いくらでも眺めていられるほど、この佇まいが好きです。

 

 

世界遺産巡りの最後は薬師寺へ。

唐招提寺からは徒歩15分程。「歴史の道」を歩いて向います。

 

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北門から境内へ。

 

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薬師寺は680年に天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈願して建立しました。

しかし度重なる災害によって諸堂は焼失し、現存するのは東塔だけ。再建されたのは、1976年(昭和51年)のことです。

比較的最近の再建ですが、それまでには大変な苦労があったんですよ。

 

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まずは食堂内へ入っていくと、金堂に祀られている薬師如来の台座のレプリカが置かれていました。

金堂内は撮影禁止なのでこちらで写真を撮っておきます。

 

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こちらは大講堂。大きくて立派です。

 

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境内の中央にあるのが金堂。長い時を経て、創建当時の姿に復興されました。

創建当時、壮麗な姿は「竜宮造り」と呼ばれていたそうですが、まさに竜宮城そのものです。

 

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堂内には本尊の薬師三尊像と吉祥天女画像が祀られていました。どちらも国宝。

ちょうど僧侶による説明が行われるということだったので聞いてきました。

話の後半はお守りなどの宣伝でしたけど面白かった!笑

 

石川県穴水町と薬師寺とは昔より縁が深く、毎年、穴水町からもち米が奉納されているとのこと。

しかし昨年は地震で被災したため無理だろうと思っていたそうですが、約1.2トンものもち米が穴水町から届いたそうです。

薬師寺では、このもち米でお餅を作って1袋600円で販売しており、売上の全額を被災地に届けるとのお話がありました。

 

まさかここで同県民の穴水町の話が聞けるなんて!

厳しい状況下でありながらも穴水町の奉納に込めた想いを知り、苦境に負けない穴水町の底力を感じて胸が熱くなりました。

そして、私たちの知らない所で参拝者に呼びかけながら支援をしていただけることがとてもありがたいです。

 

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金堂の手前には2つの三重塔。

塔の中に、お釈迦様の生涯をあらわした釈迦八相像が安置されていました。

 

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こちらは西塔

 

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東塔(国宝)は730年に建てられた薬師寺で唯一現存する奈良時代の建物です。

 

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中門と色彩が美しい二天王像。

 

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一旦、南門から境内の外へ出て休ヶ岡八幡宮を見てきました。

 

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こちらは薬師寺の「守り神」で、1603年に豊臣秀頼により建てられたもの。

最初に休ヶ岡八幡宮にお参りをし、身を清めてから薬師寺に参拝するのが良いらしいです。

 

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珍しい造りの社殿。とても美しいです。

見ておいて良かったー

 

 

薬師寺南門から。

 

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再度、薬師寺の境内の中を通って唐招提寺の駐車場へ戻ります。

拝観チケットを受付で見せれば再入場できます。

 

最後に玄奘三蔵院伽藍を見て奈良を後にしました。

 

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豊かな自然に包まれた境内、自然の中で悠然と生きる鹿たちの姿、歴史を感じられる街並みなど

今回の奈良の世界遺産巡りは1300年の歴史を体感した旅となりました。

 

若い頃とは見えるもの、感じるものが違った今回の奈良旅。

2日かけても足りないほど魅力的でした。

 

 

 

 

 

 

古都奈良の世界遺産巡り(前編) (2025.01.27)

経理部の松田です。

 

お正月期間はいつも出不精になる私ですが、今年は思い切って1泊2日で奈良へ行ってきました。

1300年の歴史を誇る古都奈良の世界遺産を見てきたわけですが、歴史的な観光スポットが豊富にあり、

奈良の歴史や文化的価値に深く魅了されました。

 

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見どころが沢山あり過ぎたので、ブログを2回に分けてお伝えします。

それでは奈良旅行1日目です。

 

 

心配していたお天気も悪くはならないようなので、予定通り自宅を出発。

北陸自動車道→名神高速道路→京滋バイパス→京奈道路を利用して奈良へ向かいました。

名神高速は混雑もなくスイスイ流れていましたが、瀬田東JCT付近で渋滞発生。

ちょうど京滋バイパスの分岐点だったので渋滞に巻き込まれることはありませんでした。

 

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12時前に奈良に到着。

最初に向かったのは東大寺にほど近い場所にある「三笠霊園」。

ここには武将石田三成の重臣だった嶋左近のお墓があります。

 

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お墓までは結構な急坂を上っていきますが、坂の上からは奈良盆地が一望でき、東大寺や興福寺五重塔も見えました。

 

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嶋左近は大和国(現在の奈良県)生まれ。大和の戦国武将・筒井順慶に仕えた後、石田三成の右腕として活躍した人物です。

 

「三成に過ぎたるものが2つあり、嶋の左近と佐和山の城」と言われるほどの名士であり、

関ヶ原の戦いでは敵方に「誠に身の毛も立ちて汗の出るなり」と恐れられた武将でした。

 

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ここに来るまで嶋左近については詳しくは知らず、うっすらと覚えているのは大河ドラマで見た嶋左近。

確かに関ヶ原の戦いの場面ではもの凄い勇猛さを感じた印象があります。

ブログを書きながら嶋左近について知りたくなってしまい、知れば知るほど左近という人物に興味を持ち、

歴史が面白くなりました。

 

嶋左近のお墓の近くには東大寺の僧侶のお墓が並んでいました。

その中に大仏殿を再建された重源上人のお墓があったとは気づかず…写真を良く見ると嶋左近のお墓の奥に小さく写ってました。

 

 

そして三笠霊園には安倍晋三元総理の留魂碑が建立されています。

 

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留魂碑には安倍元総理が好んだ言葉「不動心」の文字が刻まれ、昨年の7月8日の三回忌を偲んで安倍氏の功績を

刻んだ石碑が建立されていました。

静かに手を合わせてきました。

 

 

さて、お次は寺院めぐりです!

しかし、通りに出ると東大寺方面への道路は大渋滞。一向に進まないので途中で右折して大通りへと向かいました。

車をコインパーキングに駐車し、歩いて廻ります。

 

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奈良は794年に平安京が建立されるまで日本の政治・文化の中心地でしたから、多くの寺院や古い神社が存在しています。

特に興福寺や東大寺は、奈良を訪れる観光客にとって外せない名所です。

 

 

早速、鹿がお目見え。かわいいー

 

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奈良公園には野生の鹿が自由に歩き回っていて、こちらも人気スポット。

鹿せんべいを与えたり、写真を撮ったり、鹿とのふれあいが楽しめます。

 

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まずは奈良公園に隣接して建つ世界遺産の興福寺へ。

 

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興福寺は710年の平城遷都に伴い藤原不比等によって創建されました。

広い境内の真ん中に建つのが中金堂。本尊が安置されているお堂です。

 

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鮮やかな朱色の建物が美しいです。目にした瞬間「わーっ」って声が出てしまいました。

飛鳥・奈良時代にタイムスリップしたかのようです。きっと華やかな時代だったことでしょう。

 

こちらの中金堂、2018年10月に約300年ぶりに創建当時の姿で復元されたばかりです。

 

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大屋根の上できらきらと輝く鴟尾(しび)。

魚のしっぽをイメージした鴟尾は古代寺院に使われるようです。初めて見ました。

 

中金堂の内部には、本尊の釈迦如来像が安置され、その周りには四天王像が立像。

いずれも国宝と重要文化財ですので内部の撮影は禁止されていました。

 

朱鮮やかで壮大華麗な姿に目が釘付け。シャッターを押す手が止まりません!

 

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南円堂は興福寺の南側に位置する八角円堂で、重要文化財。

多くの人が並んでお参りをされていました。

 

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で、気になったのが暖簾。(戸帳というらしい)

鹿の絵柄が可愛くて自分ちにも欲しいなぁと…

 

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これはみかん? 正解はタチバナの実でした。

 

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南円堂の向かいにあるのが不動堂。不動明王像が安置されていました。

 

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残念ながら国宝の五重塔は保存修理中の為、姿を拝見することは出来ず。

クレーンの大きさがハンパないです。

 

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東金堂も工事柵がされていました。

 

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そして興福寺境内にある国宝館も見てきたのですが、ここがとんでもなく凄かった!

奈良時代に制作された阿修羅像をはじめ、多くの仏像や文化財が展示されており、日本の名宝がぎっしり。

仏像彫刻は大変見応えがあり、魅了されました。

 

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仏像のことはよく分からない私ですが、人の心を惹きつける不思議な魅力を感じました。

本当に驚くほど素晴らしかったので、奈良へ来たときはぜひ見て欲しいです!

 

 

お次は東大寺へ。

 

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奈良公園、広いです。

鹿に夢中になっていたら方向を見失い、いつのまにか反対方向へ歩いてました。(単に方向音痴?)

 

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只今、日光浴中。

観光客もわんさかおります。

 

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参道の先に見えてきたのが南大門。東大寺の正門です。

現在の門は鎌倉時代に東大寺を復興した重源上人が再建したものです。

 

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巨大な仁王像。

 

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日本各地の寺院に仁王像はありますが、東大寺南大門にある仁王像は日本最大。

勇ましい姿は迫力満点。圧巻ですわ!

 

 

東大寺は外国人観光客にも大人気。すごい人の数です。

 

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南大門をくぐると、見えてくる中門。

1716年に再建された重要文化財です。朱色と白のコントラストが綺麗です。

 

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中門の両側には、四天王のうちの持国天と多聞天が祀られていました。

網があると見えづらいのが残念ですが、こちらが持国天。

 

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こちらは多聞天。

しゃがんで下から撮影。あどけないお顔をしておりますが、目つきは険しい。

足元を見るとびっくり。地天女の手のひらに乗っておいでるやん!

 

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格子の隙間から大仏殿をズーム。

 

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左側回廊の入口から拝観料を支払って中へ。

大仏殿さすがに大きいですね。大屋根の上の鴟尾が金色に輝いております。

 

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東大寺は奈良時代に聖武天皇の発願によって創建されました。

これまでに二度戦火に遭いましたが、そのたびに再建されてきました。

鎌倉時代は重源上人によって再建され、現在の大仏殿は公慶上人によって江戸時代に再建されたものです。

 

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大仏殿は世界最大級の木造建築物。

 

それでは、奈良の大仏さまに会いに行きましょう!

久しぶりの東大寺にわくわく。中学生の修学旅行以来です。

 

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間近で見ると、やっぱり大きい!

大仏さまの迫力に圧倒されます。

 

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“奈良の大仏さま”で親しまれておりますが、正式名は盧舎那仏(るしゃなぶつ)といい、

大きな光で宇宙をあまねく照らす仏さまです。

 

国宝仏像を撮影できるのは、おそらく東大寺だけかも。

ここぞとばかりに写真を撮りまくってきました。

 

大きいのは大仏さまだけではありません。大仏殿の中の仏像はすべて大きいです。

大仏さまの両脇においでるのは、虚空蔵菩薩像と如意輪観音菩薩像。

 

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横へ移動すると大仏様と並んで撮影できました。

 

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こちらは四天王のうちのおひとり広目天。

 

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そして多聞天。

先程の中門に祀られていた多聞天は左手に宝塔を持っていましたが、こちらは右手に持っていますね。

 

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増長天は頭部のみ。

 

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人気の柱くぐりに挑戦してきましたよ!

大仏殿の中に一つだけ穴の空いた柱があり、この穴のサイズは大仏の鼻の穴と同じ大きさなんだって。

この柱をくぐると無病息災のご利益があるらしいです。

 

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子供は軽々と通り抜けできますが、大人が通り抜けるには厳しいサイズ。

実際前にいた男性が何度も身体を入れようとしますが肩が引っかかるようで、「あーダメだ、ムリ~」と言って諦めてました。

 

いよいよ私の番。

修学旅行で一度体験しているので、たぶん大丈夫でしょう…

 

あれ?意外と細いなー?!

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さすがに真っ直ぐ入ろうとすると肩が引っかかったので、身体を斜めに向けて進入。

最後は柱に手を押し当ててぐいっと身体を引っ張って通り抜けました。

 

結構必死です。

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くぐる様子を沢山の観光客が見ているので恥ずかしさはありますが、無事くぐれてホッとしました。笑

 

 

大仏殿の外には「なで仏」で有名なびんずる尊者さん。

昨年行った善光寺のびんずる尊者より格段に大きく、つま先立ちしても頭までは手が届きませんでした。

 

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東大寺ミュージアムも見てきました。

国家の安寧を強く願った聖武天皇の思いと東大寺の歴史、そして奈良時代から伝えられてきた寺宝が展示されていました。

誕生釈迦仏立像、千手観音菩薩立像など非常に貴重なものばかり。至宝の連続、見所満点でした。

 

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正倉院へと向かいましたが、平日のみの参観だったので次回の機会に。

 

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境内には鹿が自由に歩き回り、古都奈良の風情を感じます。

 

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日が暮れてきたので、最後に見忘れていた興福寺の三重塔(国宝)を見に行きました。

真っ暗でよくわかりませんが興福寺で最古の建物です。

 

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夜になると南円堂もひっそり。

夜は幻想的な雰囲気があり、ナイトスポット巡りをするのもいいですね。

 

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観光客で賑わう東向商店街へ。

地元の特産品やお土産を探しながら散策するのも楽しい。

 

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「柿の葉すし」奈良は柿の産地なんですね。

他には、奈良漬、葛餅、わらびもち…が有名です。

 

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うどんの発祥地には諸説ありますが、奈良が発祥とも言われており、

平安時代、一条天皇が春日大社を訪れた際に振る舞われた『はくたくうどん』が起源とのこと。

 

そんな訳で、大和牛の肉うどんを食べてきたのですが、関西風のあっさり出汁にうどんはもちもち。

大和牛は肉質が柔らかく旨味が詰まっていてとても美味しかったです。

写真撮り忘れましたが、食を通じて奈良の歴史や文化をさらに深く理解することができました。

 

 

東向商店街入口にあったのは、行基菩薩の像。奈良時代の僧侶で東大寺の大仏殿建立に大きく貢献した方です。

最初は重源上人の像だと思い込んでましたが、後で調べてみたら行基さんでした。

 

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最後はせんとくんと握手!

 

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奈良のシンボル・東大寺と天平時代の華やかさがよみがえった興福寺。

歴史的な背景と自然の美しさが融合した奈良の世界遺産にとても魅了されました。

 

あー奈良に来て良かったー!

2日目につづく。

 

 

小川会イベント IXGYM八日市 (2024.12.30)

BSBの池田です。

 

12月1日(日)に「イクスジムで 健康と笑顔をシェアしよう!」

というタイトルでイベントを開催しました。

 

約1時間、トレーナーさんより簡単な説明や体力測定の後、フリータイムでトレーニングを楽しみました。

 

小川会イクスジム①

 

 

ほんの一部をご紹介。

「ラットプルダウン」背中の筋肉を鍛えます。

 

小川会イクスジム②

 

小川会イクスジム⑤

 

 

「チェストプレス」大胸筋を鍛えます。

 

小川会イクスジム③

 

 

有酸素運動を15分

「クロストレーナー」全身運動の有酸素マシン

 

小川会イクスジム⑦

 

 

「ステップミル」階段状の有酸素マシン

 

小川会イクスジム⑧

 

 

最初はあんなにはしゃいでたのに、5分過ぎると全く無口に(笑)

 

他いろいろなマシンを体験

 

小川会イクスジム⑨

 

 

トレーナーさんによる診断は、「全員実年齢より若い」という結果でした。

 

トレーニング後はシャワー(ボディソープ・シャンプー・リンス有り)で汗を流し、

イクスジム特別招待券をいただいて解散。

 

終始笑いあり、とてもリフレッシュ出来ました。

 

 

イクスジム/IXGYM 金沢市内3店舗を自由に利用できるフィットネスジム

 

 

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