経理部の松田です。
大和郡山城を見学した後、豊臣秀長のお墓がある大納言塚へ向かいました。
お城からは徒歩約10分の距離にあり、住宅街の中の細い路地にひっそりと佇んでいました。
気づかずに通り過ぎてしまいそうな場所にあったため、ふと寂しい気持ちになってしまいましたが…。
墓所の前には、「お願いの砂箱」があり、名前と願い事を唱えて3回砂を通すと、願い事が叶うそうです。
大和大納言秀長公は、優しくて賢くて、とても立派なお殿様です。
きっと、私のささやかな願いも、心優しいお殿様なら聞いてくださるに違いありません。ありがたいことです。
もしも近くに住んでいたら、毎日でも「お願い、お願い!」ってお願いに通いたいところです。
きっと秀長公も「またお願い事に来たよ…」なんて笑いながら耳を傾けてくれるかもしれませんね。
まあ、そのうち願い事が山積みになりすぎて、「もう勘弁してくれ!」とお叱りを受けるのも悪くないかもしれません(笑)。
それほど、頼りにしたい素敵なお殿様です!
塚の周囲は白壁の土塀に囲まれており、静かに歴史の佇まいを守っています。
門をくぐると五輪塔があり、ここに豊臣秀吉の右腕として活躍した弟・豊臣秀長公が眠っています。
豊臣家の家紋「五三桐」と「箱本」の文字が刻まれています。
秀長は1585年(天正13)、大和・和泉・紀伊の100万石の領地を治め、郡山城主となりました。
本格的な築城に着手するとともに、町方自治の独特な制度である箱本制度を導入。
この制度により城下の商工業を育成し、郡山の繁栄の礎を築きました。
1591年(天正19)1月22日、秀長は郡山城内で亡くなりました。51歳でした。
歴史を振り返るたびに、まず「すごいな」と感じる瞬間があります。
時代を超えて受け継がれる文化や知恵、偉人たちの勇気や努力。そこには感動と敬意が湧いてきます。
しかし一方で、歴史の裏側には戦や争いなど残酷な現実もあり、
なぜ、あれほどまでに戦をする必要があったのかと考えると、心が痛み、複雑な気持ちになります。
そんな歴史の深さと複雑さに思いを馳せながらも、
私は今、毎週楽しみにしている大河ドラマ「豊臣兄弟」に夢中です。
主人公は、豊臣秀吉の弟、豊臣秀長。
百姓から出発し、下剋上を経て天下統一を成し遂げた彼の人生を描いたものであり、
久しぶりの戦国時代の作品を楽しんでみています。
何と言っても兄弟のコミカルなやりとりが面白くて、
緊張感あふれる歴史の中に、ふっと笑みがこぼれる瞬間が散りばめられています。
時には冗談を交えたり、ちょっとしたからかい合いが見られたりして、家族の温かさを感じさせてくれます。
その中で、豊臣兄弟がどのようにして天下統一を成し遂げていくのか、
展開を見守るのが毎週の楽しみなんです。
このドラマを通じて、豊臣秀吉と弟・秀長の絆の強さや、それぞれの個性が垣間見え、歴史の裏側がより身近に感じられ、
今後の物語にますます引き込まれていきそうです。
これからも大河ドラマ「豊臣兄弟」の兄弟の活躍と、彼らがどのように歴史を動かすのか、
その行く先を楽しみにしたいと思います。
豊臣秀長の足跡をだどる旅は、歴史の一コマを肌で感じることができる貴重な時間でした。
静寂に包まれた大納言塚は、遠い時代に思いを馳せる場所として、心に深く刻まれるひとときとなりました。
次回はまた異なる場所も訪れて、歴史の足跡をたどり続けたいと思います。








